さよおなら、あたし




薄暗い廊下を人目を気にしながら歩く。

足が重い。

体が重い。

何よりも心が重い。

体内の鉛を吐き出すように、アニスは長いため息をついた。

この空間にいる限り、息苦しさからは解放されない。

外へ出て、太陽の光を浴びたい。

自分の希望と今日の導師の予定を重ね合わせる。

予定通りならば、半時間ほどの余裕がある。

こんな重苦しい気分のままで、イオンの前には立てない。

思い切って、外の空気を吸いに行くことにした。

外に行く、そう決めただけで体は軽くなる。

この調子だと思ったより早く気分転換ができるかもしれない。

少し体が軽くなったせいか、周囲への注意が欠如していたようだ。


「アニス」

「は、はいっ!」


思い切り体を震わせてしまった。

別にやましいことがあるわけではない。

……ないわけでもないが。


「驚かせてしまって、すみません」


申し訳ない……という表情で現れたのは、導師イオン。


「ち、違います。驚いてません。あの、その……ほら、あれですよ」

「あれ、ですか?」

「はい。今日の夕飯は何にしようかなって考えていたんですよ」


下手なバカっぽい言い訳に、内心自嘲した。

けれど、真面目すぎる内容よりは彼の心へ負担をかけずに済むだろう。


「そうですか」


いつもの微笑みを見せたイオンの様子だと、選択は間違わなかったようだ。

ほっと息をつく。

自身を道具だと割り切れたら、もっと楽だったのかもしれない。

感情など捨てていれば、もっと楽だったはずだ。

作り笑いの仮面は、顔にくっついて離れない。

本当の笑顔は、どんなものだったのだろう。


「アニス?」


イオンの手が彼女の頬に触れる。

怖くなって距離をとった。


「だ、ダメですよ、イオン様」

「何がですか?」

「あたしは……」


穢いですから。

その言葉がイオンに届くことはなかった。

飲み込んだ言葉は喉を傷つけ、体内を汚すように循環する。


「アニス?」

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫ですか?」


両手の人差し指で頬を指す。

道化の笑みが自分でも痛い。


「アニスちゃんは、いつでも元気ですよぉ。どちらかと言うと、イオン様のお体が心配です」

「僕は平気です。最近体調が良くて」

「本当ですかぁ?」


アニスは知っている。

部屋で一人の時に苦しんでいることを。

アニスは知っている。

これから先、どんな未来を歩んでいくのかを。

その未来へ導くのはアニス自身なのだから。

心臓に鎖をつけられたような気分だ。

また憂鬱の海に落ちそうになったから、バカみたいなハイテンションでイオンの手を引っ張った。





さよおなら、あたし





title thanks『つぶやくリッタのくちびるを、』



2011/03/02


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