綴る百の愛言葉




今日は運が悪かった。

たまたま出会ったジェイドに押し付けられた書類を半分終えたガイは、肩を解すように動かす。

ポキポキと鳴る体。

淀んだ空気を吐き出すように、ゆっくり呼吸を繰り返した。

目の前にある書類は、そこまで重要なものではない。

けれど、ガイが触れていいものなのかと未だ疑問に思っていた。

『アルバイトですよ』と笑っていたジェイドが気になる。

思考をあちらこちらへ飛ばせば、作業を中断させてから随分時間が経っていた。

体は拒絶するように重いが、何とか再開させる。

5枚ほどに目を通した頃だろうか。

静寂を破るような、けれど遠慮がちな扉を叩く音。

ガイは体を向けながら返事をした。


「どうぞ」

「失礼します」

「ナタリア!?」


扉の向こう側に立っていたのは、キムラスカのお姫様。

ガイは声が裏返るほど驚いた。


「何をそんなに驚きますの? 確かに、事前に連絡しなかったことは申し訳ないと思いますが」

「いや、そうじゃなくて……」

「話ならあとでまとめて聞きますわ。それより、お茶にしませんこと?」


ナタリアは手にしていた箱を持ち上げる。

あのマークは、最近グランコクマで大流行しているケーキショップのものだ。

まさか、ナタリアが行列に並んだのだろうか。

考えることは色々あったが、お茶の用意をすることにした。

彼女の好みは熟知している。

けれど、こうしてナタリアのためにお茶をいれることは久しぶりで、かなり緊張した。

わかりやすく辺りへ飛び散った湯にガイは一人苦笑いをした。

あまり使わないテーブルにお茶とケーキを並べる。


「ありがとうございます」


彼女を微笑みを見るだけで満たされる自分。

正確に言うならば、全然満たされていない。


「ガイは……」


紅茶を飲む姿も上品で一枚の絵画のように見える。

もっとも、絵画よりも魅力的だが。


「何だい?」


口元にあったカップを戻す。

伏せられた瞳は、不安や躊躇を色濃く映しているように思えた。

こんな彼女の姿を何度か見たことがあった。


「大丈夫だ、ナタリア」

「え?」

「大丈夫。誰かにそう言ってもらいたかったんだろう?」

「そう……ですわね。けれど違いますわ。誰か、ではなくガイに言ってもらいたかったのです」


彼女はさりげなくそう言ったが、ガイが頭を抱えるには十分な言葉。

嬉しいが溢れて、それが愛しいに変わって、触れたくなる。

思いきり抱きしめて、心が急かす衝動のままに言葉を並べたい。


「……質問してもよろしいかしら?」

「ナタリア?」


先ほどとは雰囲気が違う。

笑っているのだが、笑っていない。

嫌な予感しかしない。


「えと、できれば、遠慮していただけたら……」

「問答無用ですわ。洗いざらい吐いてもらいますわよ?」


一体、何がきっかけだったのかわからない。

彼女の口から飛び出す様々な質問に、正直に答えるハメになってしまった。





綴る百の愛言葉





title thanks『カカリア』



2011/02/13


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -