優しい治癒術




「貴方もこのように人に触れることがありますのね」


いつもより弱々しい声で、けれどほんの少しの笑いを含んで、彼女は言った。


「これでも、『大人』ですから」

「……そうですわね。けれど、貴方よりガイの方が似合いますわ」

「彼は、女性に触れられませんよ?」


クスクスと小さな笑い声の後で、彼女は続ける。


「けれど、貴方よりは自然だと思いますわ」

「傷つきますね〜」


いつものようにわざとらしく。

いつものように軽く。

彼女が背負う重すぎるソレを今だけ忘れさせたかった。

それは、愛情の一種か、ただ迷惑をかけられるのが嫌だったからか。

ジェイドは答えを見つけられなかった。


「ジェイド」

「何でしょう」

「もう放してくださって構いませんわ」

「嫌です。ナタリアの言葉は、すべて却下です」

「酷いですわね」


小さく笑う彼女の声を聞いていると、わずかに安心する自分を見つけた。

暫くはその状態で時を流す。

だが、終わりは突然訪れた。

拒絶するようにではなくそっと、彼女は優しい拘束から離れた。

背中を向けて、顔を見せることはない。

ジェイドもナタリアとの距離を埋めようとしない。

ただ、彼女の背中を見つめていた。

わずかな沈黙を挟んで、ナタリアは口を開く。


「貴方は、父親のようですね」


振り返った彼女は、いつもと変わらぬ表情を見せた。


「せめて、兄になりませんか?」

「私、貴方のような兄がいたなら、きっとプレッシャーに押し潰されてしまいますわ」

「そんなことはありませんよ。私に貴女のような妹がいたなら……」


ジェイドは空を見上げた。

何かが変わっていたかもしれませんね。

音にせず、呟く。

それは絶対にあり得ないことで、実の妹が嫌いだから言ったわけではない。

ただ、ほんの少し歯車が違う回り方をしていたのかもしれない。

そう思ってみただけだ。


「ジェイド?」

「何でもないですよ」

「そうですか」


ナタリアは少しの躊躇いを見せた後で、ジェイドと視線を交えた。

少し強い風が二人の間を通り過ぎて行く。


「……ジェイド」

「はい」

「ありがとうございます。少し、落ち着きましたわ」

「貴女は意外と甘え下手ですよね」

「貴方には言われたくありません」

「こんな私が甘えるわけには、いかないでしょう」


パーティーの最年長者として、普段はどれだけふざけていようとも、すべてをソレで通すわけにはいかない。

良くも悪くも大人の世界を長く歩いているのだから。


「そんな貴方だからこそ、甘えるべきなのです。私で良ければ、付き合いますわ」

「アッシュに殺されたくないので、謹んで辞退します」

「あら。先ほど私を抱きしめた方の言葉では、ありませんわね」

「それを言われると困りますねぇ……」


全く困っていない言い方。

ナタリアの方が困った笑みを浮かべた。


「少し疲れましたわ。一緒に帰りませんこと?」

「お供しますよ、お姫様」


差し出したジェイドの手に、ナタリアはそっと重ねた。






優しい治癒術



E N D



2009/08/08
移動 2010/12/11



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -