27.奪う
アニーは小さな診療所で手伝いをしていた。
診療時間は半時間ほど前に終わり、今は後片付けをしている。
薬品や包帯を棚に戻したり、使用した用具の後始末をしたり。
医者を志すアニーにとって、色々と勉強になった。
それは治療法だけでなく、患者とのやりとりや声のかけ方が。
「やあ、お邪魔するよ」
それは突然現れた。
冷酷な瞳と口元にだけ作られた笑み。
彼の姿を認めた途端、アニーは一瞬息を止めた。
「……何の用ですか」
今、彼女の手元には武器がない。
フォルスを使えばいいのだが、やはり武器がないと不安だ。
あったところで、彼には敵わないだろう。
「アニーちゃんに会いに来たんだよ」
「……はい?」
「聞き取れなかったのかい? 僕はアニーちゃんに会いに来たんだよ」
「わたしに……?」
足の裏が床に吸い付き、一歩も動かせない。
わずかに体が震えているような気がする。
怖い、のだろうかとアニーは自身に問いかけた。
「最近君に会えないストレスで胃が荒れてしまってね。悪いけど、診察してくれないかな?」
そう言うと、サレは前髪を払った。
「……他を当たってください」
「そう冷たいことを言わずにさ。あ、別に、この集落一つくらい消してもいいんだよ?」
酷い脅しだ。
アニーは奥歯を噛みしめることで何とか耐えた。
「そんな怖い顔しないでよ。僕は君と話がしたいだけなんだからさ」
そう広くない診療所にいるのは、サレとアニーの二人だけ。
ここの医師は往診に行っていて、しばらく帰ってこない。
仲間たちは、おそらく宿屋だろう。
「話って何ですか?」
「僕のところへ来ないかい?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
凍りついてしまった頭が徐々に理解し始めると、アニーは精一杯の強がりで彼を睨んだ。
「お断りします」
「そうか。残念だね。地図にも載らないような小さな集落が消えちゃうけど、ま、誰も気にしないか」
「ま、待ってくだ……」
知らない間に左手を掴まれていて、二人の距離はほぼゼロになっていた。
「嘘だよ」
囁かれた言葉(こえ)に鳥肌が立つ。
反論しようとした唇は、強引に奪われてしまった。
う ば う
2011/10/31
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