106.誘う
大きな月が綺麗な夜だった。
眠る森を揺らす風は優しく吹き抜けていく。
森は夜行性の動物たちが活動しているため、完全な静寂ではなく耳を澄ませば、たくさんの音が聞こえた。
「コレット、眠れないの?」
足音で気づいていたから驚くことはなかった。
ゆっくり振り返ると笑った。
「眠れない……ってわけじゃないんだけど、ちょっと起きていたくなっちゃって」
森が拓けたこの場所は、空がよく見える。
星が瞬く空が、月が輝く空が、眠る世界を優しく照らしていた。
何て優しい光。
「何となくわかるかも。僕も似たような気持ちだから」
「そっか。気が合うね」
二人は夜の静寂を壊さないように静かに笑った。
コレットの隣に並んだエミルは、両手を空に突き出して伸びをする。
「エミル?」
「気持ちいい夜だね」
「……うん!」
ほんの少し肌寒い夜風がちょうどいい。
色々と考えすぎていた頭をすっきりさせてくれたから。
エミルも同じように思ったのだろうか。
そう思うと、少し嬉しい。
あまり遅くなってはいけないから、そろそろ仲間たちのところへ戻るべきだろう。
少し残念に思いながら、足をそちらに向ける。
「また一緒に来ようよ」
「え、いいの?」
「あ、その……コレットが嫌じゃなかったら……」
「嫌じゃないよ。じゃ、約束だね」
コレットは右手の小指を立ててエミルの前に出す。
指切りしようと言われ、何となく恥ずかしくなった。
よく考えてみたら、指切りなど今までのエミルの人生で必要なかったものだ。
「約束……」
コレットの耳にも届かないくらいの声で呟く。
それは嫌な感じのしない、どこか温かい言葉。
「エミル?」
返事のしない彼を心配して、コレットは声をかける。
「何でもないよ。うん、約束」
彼女の指にそっと絡める。
コレットがお決まりの歌を歌い、二人の小指はすぐに離れた。
「じゃあ、戻ろうか」
「そだね。みんな心配してるかもしれないからね」
「コレット」
歩き出そうとしたコレットの前に、エミルの手が差し出される。
その意味が分からず、首を傾げて尋ねた。
「ほら、転ぶと危ないし……」
「そだね。うん、ありがとう」
重なった手は二人分の温もりであたたかくなった。
それは少しずつ心へ届く優しい温もり。
さ そ う
2011/10/16
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