9.悩む
古ぼけた木製の椅子に座っているアニスは、これも同じ頃に作られたであろう机に頬杖をついていた。
今導師イオンは大詠師と共に礼拝堂にいるので、アニスは一時的な休息を手にしたのだった。
ハァ……と吐き出したため息は、場所のせいか埃まみれに見える。
アニスが今いるのは、倉庫としての機能すらしていない忘れ去られた古い部屋だった。
人が来ない場所の方が落ち着ける。
余計な気を遣わなくて済むから、自分らしくいられた。
毒気づく言葉を誰かに聞かれる心配はない。
弱音を聞かれる心配もない。
それでも、アニスは何も外に出さなかった。
心の中を暴れまわる様々な思いと向き合おうとするのだが、結局ため息をつくだけになってしまう。
今の自分は憂鬱そのものだ。
このままでは、どこまでも気分が落ちてしまう。
いつもの自分に戻るためにも、アニスは楽しいことを考えてみた。
たとえば、昨日アリエッタをからかった話。
それを楽しいと感じるのは何だか複雑だ。
アニスは話題を変える。
一昨日、巡礼者からレシピを教わった。
初老の女性は幸せそうな笑顔でアニスにそのメモをくれたのだった。
アニスはローレライ教団の人間として当たり前のことをしただけなのに。
あのレシピを今日の夕飯にしてみるのは楽しいかもしれない。
うん、とアニスは頷いた。
その顔は数分前とは違い、普段の彼女そのもの。
「アニス」
優しい声音で名前を呼ばれ、アニスは慌てて立ち上がる。
椅子は勢いで後ろに倒れ、埃が舞った。
予想以上に埃の部屋だったらしく、舞ったそれは真っ白な煙を立てた。
思わず咳き込む。
「イ、オン、様?」
「はい。驚かせてしまってすみません」
ふわりと微笑む様は、少女のように柔らかい。
「どうしてここがわかったんですか?」
「知ってます。アニスは悩むとここに来るんですよね」
「……そんなことないですよぉ。何か掘り出し物がないか探しに来ただけですぅ」
下手な言い訳にわざとらしい演技をつけたところで、イオンの瞳からは逃れられない。
「今日だけです」
「え?」
「アニスが逃げ込める場所を奪うつもりはありませんから」
何だか複雑な気分だったが、アニスは笑った。
気分同様、複雑な笑みだった。
「アニス」
「はい」
「今少し悩んでいることがあるんです。相談にのってくれませんか?」
その言葉が別の色を纏っているように思えたのは、アニスの気のせいか。
イオンの力になれるのなら、アニスは迷うことなく頷く。
人の気配がない、まるで世界から忘れられたような場所でアニスが聞いた話は、彼女の頭を思い切り悩ませることとなる。
な や む
2011/08/13
戻る