03『ピンク色の生クリーム(赤いのは血じゃなくて苺クリームだよね…?)』
幽霊船内にあるキッチンで、本日細やかな料理教室が開かれていた。
調理体勢を整えたカイトとサラは、真剣な眼差しで材料と道具を確認していた。
「じゃあ、始めるぞ」
「ええ」
気合いが空回りしてしまいそうなくらい、力が入っている。
卵の割り方も、分量の計り方も、泡立て器を持つ姿も……。
相変わらず危なっかしくて、カイトは心臓を痛めながらアドバイスをする。
本来なら、菓子作りは楽しいものなのに、不安が心の大半を占め落ち着けない。
だから、まるで発作のようにズキリとくる痛みと戦っているのだった。
「ちょっ、サラ……!?」
「ん、何?」
目を離すつもりはなかった。
実際にはぼんやりとして過ごした時間があったことにカイトは気づいていない。
おそらくは現実逃避で目の前からの情報をシャットダウンしていたのだ。
とにかく、カイトがうっかりぼんやりしている隙に、スポンジケーキはほぼ焼き上がり、生クリームを作っていた。
まな板の上には半分に切られた苺が大量に転がっている。
「何よ、カイト」
「その生クリーム……」
「もう完成よ。上手くできて良かったわ」
「……」
ほんのりピンク色の生クリーム。
まな板の上の苺。
「カイト、どうしたの?」
「何でもない。ちょっと考えすぎただけ」
「考えすぎ……? まあ、いいわ。もうすぐ完成だもの」
* * *
「ありがとう、カイト。じゃあね!」
手作りケーキの入った箱を大事に抱き、サラは船を降りる。
その後ろ姿を何とも言えない気持ちで見送った。
「二度目の殺人幇助だな」
「スイヒ!」
現れた相棒の物騒な言葉。
とにかく訂正しなければならない。
サラは誰も殺していないし、今回も一般に売られている材料しか使っていない。
「カイト、お前がついていながら、こういう結末で良いのか?」
「俺、最近自信がなくなってきた」
「まあ、そう落ち込むな。我が何を言いたいのかというとだな。腹が減ったのだ」
クゥ……と可愛く泣いた相棒の腹の虫。
「わかった。何か作るよ」
「甘味は要らんからな」
「はいはい」
歩きかけたカイトの足が止まる。
サラが消えて行った先へ軽く頭を下げた。
「……ランスロットさん、ごめんなさい」
2011/03/20