プロローグ
00:物語の始まりは、終幕から
魔導器の消えた世界。
それは思っていたよりずっと大変で、先が見えなくて、募る不安や苛立ちから小さな争いも頻繁に起きた。
それでも、人々は新たな世界を受け入れ、何とか生きて行こうとしていた。
迷いながら、間違いながら、ぶつかりながら、傷つけながら、それでも確かに一歩ずつ……。
求める未来へ向かって。
天才魔導少女、リタ・モルディオがかつて共に旅をした仲間を呼び出したのは、最低限の生活が確保された頃だった。
「どうしたんだ、急に呼び出して」
埋もれてしまったアスピオの復旧作業は、まだ半分にも進んでいない。
ハルルの借家を仮研究所にしているリタは、集まった全員を見ると、自信ありげに笑った。
「ファイアボール」
見慣れた物よりずっと、小さな炎。
それは、エアルの代わりにマナを利用した魔術だった。
それをセットしていた小さな台に灯す。
台座の上で燃える炎。
そこからはどんな仕掛けか分からないが、何らかのエネルギーに変換し炎とは異なる光を生み出した。
その炎はガラス瓶に転がり落ち、七色に輝く光の玉になり、生き物のように動いて見せた。
「すごいです!」
「さっすが、リタ!」
驚きと感動と。
様々な色を含んだ声が、リタに向けられる。
そこからリタの長く難しい説明が始まるのだが、いつものようにユーリが途中で止めた。
「マナを効率よくエネルギーに変換するのはこんなトコ。あと、一つ気になってることがあるのよ」
「何かしら?」
「ワフゥ?」
リタは手の上に水の玉を取り出した。
マナで作ったシャボン玉のような水の塊が、ふわふわと。
「リタっち、何し――」
「ちょっと黙って、見てて」
リタがソレに何かをしようとした瞬間。
最初に気づいたのは、ラピード。
空気がマナが、意思を持った風の塊のように暴れ始めた。
嵐の夜に外でぼんやり立っている。
そう表現出来るのだろうか。
目は開けられず、自分を守るだけで精一杯。
轟音が全身を貫き、仲間たちが自分がどういう状況なのか判断出来ない。
一際大きくなったかと思えば、次の瞬間には静かになっていた。
ユーリが気づいた時、彼は『空』にいた。
「はぁ!?」
何をどうしたら、地上から遥かに離れていると推測できる場所に移動するのか。
これもリタの実験の一部か、それともあのマナの暴発のような一件の影響か。
「え?」
隣にいたエステルも同じようにそこにいて、同じように理解出来ずに動揺していた。
「ユーリ?」
彼女が名前を呼んだのを合図に、二人の体は落下し始めた。
短い悲鳴が重なる。
徐々に勢いを増しているような気がした。
何とか下を見れば、船らしき物が見えた。
瞳に膜を張った雫の先の景色だが、このままだと命の危険がある。
「エステ、ル……」
こんなよく分からない状況で死んでたまるかと、彼女を抱き寄せる。
近づいてくる甲板。
気休めでもいいと、彼女の頭を抱き、衝撃に備えた。
……が。
ぶつかる瞬間、何かが二人の体を包み込みケガ一つなく無事に着いた。
「お前たち、何者だ!」
この船の乗組員だろう。
警戒の色を強く出した人々に囲まれる。
どう見ても怪しいのは、ユーリ達の方だ。
戦う意思がないことを訴える。
それを信じろというのは、無理な話だろうが。
「詳しい話を聞かせてもらおうかな」
二人の前に立ったのは、緑髪の少年。
カロルやリタくらいの年だろう。
彼はわかり易い作り笑いを浮かべた。
「とりあえず、武器を出して」
その言葉に従う。
これ以上よくわからない――訂正。
ややこしい事態は回避したいから。
「それから、僕についてきて」
彼は何の躊躇いもなく、背中を向けた。
が、油断したソレとは程遠く、戦いに慣れた者だと分かった。
「ユーリ……」
「大丈夫だ」
根拠などないが、彼女を安心させるために笑った。
そして、少年の後ろに続いた。
「プランちゃん、彼らは多分……」
「ええ。わかってるわ」
ユーリとエステルは、見送るその二つの影に気づいていなかった。
2009/09/17
加筆修正 2011/04/11