ミュウの呪い?
「眠れない……」
ベッドに潜り込んで、もう一時間くらい経つだろうか。
今日は普段程苦になる戦闘はなかった。
それでも体は疲れるものだ。
眠りたいのに眠れない。
妙な苛立ちが、余計に眠りを妨げる。
「あー、無理!」
大きめの声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
ゆっくり隣のベッドに目をやると、ガイは目を覚ましていないようだった。
寝不足だと言っていたから、深い眠りについているのだろう。
「はぁ……」
彼を起こさないように、こっそり部屋を出る。
そして、ジェイドの部屋を目指した。
彼は今日、調べ物があると一人部屋にいた。
嫌味を言われても、暫くは話し相手になってくれるだろう。
こんな時間に女性陣の部屋を訪ねるわけにもいかないから。
部屋の番号を確認して、ノックをする。
「ジェイド?」
「おや。良い子は、とっくにお休みの時間ですよ」
「ゴメンナサイ。オヤスミナサイ」
慌てて扉を閉める。
ルークは何も見なかった。
某称号の白衣を着たジェイドなんか見ていない。
彼の手にある手術などで使う銀色の刃物なんか見ていない。
宿なのに何故かあった診察台なんか見ていない。
その上にミュウが乗っていたことなんか見ていない。
ルークは何も見なかった。
「ルーク?」
「おやすみなさいっ!!」
背後で開いた扉。
何かを含んだジェイドの声。
ルークは振り向かずに、部屋まで走った。
よく分からないが、死に値する程の恐怖だった。
「はぁ……はぁ……」
ジェイドの部屋と離れていたのは、幸運だったかもしれない。
もしも隣の部屋だったら……と考えると怖い。
怖すぎる。
鍵をかけ、ベッドに潜り込んだところで、眠れるはずがない。
“あんな物”を見るくらいなら、眠れなくてもベッドでゴロゴロしていたら良かった。
結局、朝まで眠ることはなかった。
ミュウの呪い?
朝日が差し込む室内。
普段とは違いすぎるルークにガイは声をかけた。
「どうした? 眠れなかったのか?」
「……色々あってな」
「色々?」
詳しく話す元気などなく、ルークは曖昧な笑みをガイに向けた。
「ちょっと、ルーク!」
乱暴に扉を開けたのは、ティア。
普段の彼女と少し様子が違う。
怒っているわけでもなさそうだが。
「……俺、何かしたか?」
何となくそう尋ねてしまうのは、癖かもしれない。
「もっと貴方がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのにっ!」
「え? え?」
「どうして、貴方は……!」
「ティア、落ち着いて。ゆっくり話を聞かせてくれないか?」
事情が分からなければ、始まらない。
ガイはルークとティアの間に入って……ということは出来ないので、少し離れてそう言った。
「あ、ごめんなさい。でも、話すより実際に見てもらった方がいいと思うわ。食堂に来て」
ティアは先に部屋を出て行った。
「……?」
「ご主人様ぁっ!!」
食堂に入るなり、ジェイドが両手を広げて走って来た。
昨夜とは違う恐怖を感じたルークは、思わず蹴り飛ばしてしまった。
「……あ。ガ、ガイどうしよう。俺、ジェイドに殺されるかも」
「落ち着け、ルーク。それより、何が……」
説明を求めて女性陣を見る。
ティアはそっぽ向いて、アニスは肩を竦めた。
仕方なくといった様子で、ナタリアが口を開いた。
「あの、私、人体の神秘とかそういうことは、よく分かりませんの」
「?」
「私だって、こういう経験はありませんよ」
テーブルにちょこんと立っているミュウが、眼鏡を直すような仕草をした。
先程のジェイドの行動。
ミュウの口調と仕草。
何となく『何か』を感じ取った。
「間違ってたら、ごめん。もしかして、ジェイドか?」
「ええ。正解です」
「じゃあ、さっきルークが蹴り飛ばしたジェイドが……」
「ミュウなのですわ」
ルークとガイは顔を見合わせた。
女性陣の方を見ると、彼女達は首を振った。
詳しい事情や元に戻る方法は分からないらしい。
→後編