濡れた髪の先



争うことは、あまり好きではなかった。

愛する者と小さくても幸せな家庭を築けたら、それだけで十分だった。

ストラウスがどれほど願っても、世界は彼を放してくれなかった。



ストラウスが帰ってきたのは、雨にすっかり体を冷やされた頃だった。


「おかえりなさい」

「ステラ」


いつもと変わらない、少し眠たそうなステラ。

すべての傷や疲労を癒すように微笑んで、そこで迎え入れてくれた。


「ただいま」

「お疲れさま。ゆっくりする時間はあるでしょう?」


顔に出ていたのだろう。

微笑みを絶やさずにそう言ったステラ。

ただそれだけのことに心が満たされる。

同族に言わせれば、『ただの人間の小娘』なのに。

一歩、二歩……。

ゆっくり近づいてきたステラは、彼の髪に触れた。

雨の雫がストラウスの髪から、ステラの手に移動する。

温かい、けれど雨の雫がわずかに体温を奪った彼女の手。

その手に自分の手を重ねる。


「早く着替えないと風邪ひきますよ?」


まるで、母親のように。


「大丈夫だ。私は意外と頑丈だから」

「ダメです。一体、誰がストラウスをこんな風に育てたんでしょう」


やれやれと呆れた口調で、けれど表情は随分穏やかだった。


「失礼します!」


慌ただしく現れた人物は、ストラウスの耳元で現状を伝えた。

少しずつ表情が変わっていく。

それを見ていたステラは、変わらぬ微笑みを浮かべ、彼に伝える。

何故彼女はこんなにも優しいのだろう。


「いってらっしゃい。貴方に月の恩寵がありますように」

「ああ、いってくる」


そっと彼女のお腹に触れて、彼女の頬に甘い口づけを。

守りたいと思った。

仲間たちも、ステラも、生まれてくる我が子も。


「ちょっと待って」

「何だ?」

「せめて髪だけでも」


柔らかなタオルが水分を吸い込んでいく。


「話が終わったら、着替えてから出発してね?」

「わかっている」


歩んでいく。

同じ時の流れを生きられなくても、全力で彼女の時間を愛そうと思った。

側にいてくれる時間、己のすべてを賭けて。



2010/06/18




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -