この時期になると、アッシュはドキドキしていた。
それは、ソワソワという方向のドキドキではない。
本当の意味でのドキドキだ。
ナタリアが料理をするというだけで、この緊張感は何だろう。
彼女に失礼なのではないか、と何度か自分を叱った。
「アッシュ?」
ノックと共に聞こえてきた声。
「ナタリアか」
「アッシュ、今回は自信作ですわ」
部屋へ迎え入れれば、彼女は手に持っていた皿をアッシュの前に出した。
あの言葉、そして堂々とした姿とは正反対に、顔には不安が素直に現れていた。
皿に乗っているのは、ハート型のクッキー。
少々焦げているが、見た目も匂いも悪くない。
「……うまいな」
「本当ですか!?」
「俺は、嘘が苦手だ」
「私、紅茶を入れますわね」
笑顔の花を咲かせたナタリアは、てきぱきとお茶の用意を始めた。
彼女の後ろ姿を眺めるアッシュは、自分でも気づかぬほど優しい瞳をしていた。
「あの」
「何だ?」
ナタリアが持ってきた皿は空になり、カップの中身も少なくなってきた時。
彼女は、この部屋に来た時と同じような顔をした。
「……アッシュ。私の料理が上達するまで、ずっと側にいてくださいね」
「お前、まさか……」
「そんなに器用では、ありませんわ。残念ながら、これが今の私です」
気まずそうに笑った彼女は、普段あまり見ないナタリアだった。
どうしようもなく彼女に触れたくなり、アッシュはナタリアを抱きしめた。
「アッシュ!?」
「ずっと、側にいるから」
「……約束、ですわよ?」
チョコレートより欲しいものは
貴方の幸せ。
E N D
2010/02/14