帝都ザーフィアスの貴族街。
無駄に着飾った女性や男性が、何をするでもなく無意味な自慢話と他を見下した発言とくだらない噂話を繰り返している。
城前にいる騎士に頭を下げ、エステルは街へ出かけた。
暫く歩くと、すぐにその人物を見つけた。
今日は運が良いと微笑む。
エステルはもう少し近づいて声をかけた。
「お久しぶりですね、ブレイク」
「これはこれは、エステリーゼ様。ご無沙汰しておりマス」
『久しぶりだな!』
ブレイクが頭を下げれば、彼の肩に乗っている人形――エミリーがいつものように偉そうに言った。
エミリーを一瞥したあとで、エステルは真っ直ぐにブレイクの赤い瞳を見つめる。
「わたし、ずっとあなたを探していたんですよ」
「そうデスカ」
「いつもいつも逃げ出すなんて酷いです」
ここ数週間、彼女は何度か彼を見かけていた。
声をかけようとする度に見失っていたから、エステルには彼が逃げたように見えていたのだ。
『モテる男はツラいな』
「こら、エミリー。ちょっと黙ってないと、エステリーゼ様に首をチョン切られてしまうヨ?」
「そんなことはしません!」
コホン、とエステルは咳払いをした。
いつも上手くかわされているが、今日は逃がさない。
「わたし、あなたと話したいことがたくさんあるんです。付き合ってくれますよね?」
「……1時間程度ならお付き合いします」
その返事をもらえただけでも充分進歩しただろう。
エステルは通りの裏側にある静かなカフェへと案内した。
「皇女様がこんな場所を知っておられるとは」
「あなたと話をできるように、色々探したんです。甘いもの、好きですよね」
先ほどの注文を見れば、その確認は不要だった。
運ばれてきたケーキにフォークを突き刺し、早速食べている。
「美味しいデスネ。さすが、エステリーゼ様」
「……誉め言葉として受け取っておきます。わたしが話したいことと言うのは、シャロ……」
――ガタンッ。
両手をテーブルにつき、これは多分わざとだろうが椅子を倒した。
大きな音に周囲の視線が集まる。
「……わかりました。今日は彼女の話をしません。それでいいです?」
「そんなつもりじゃないんですけどネェ……。せっかくですから、食べまショ?」
少し警戒しながら次のケーキを運んできた店員に、ブレイクは愛想よく笑った。
「……食べすぎじゃないです?」
皿で塔を作り上げるブレイクに、エステルはそう問わずにはいられなかった。
「これでも控えているんデスヨ」
「そう、ですか……」
ひきつった彼女の前に、ブレイクは一輪のバラを差し出した。
それが何を意味するのか尋ねる前に、ブレイクは種明かしをするように勿体ぶって答えた。
「次回の約束、デス」
まんげつのこ
エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン(TOV)
と
マッドハッター
ザークシーズ=ブレイク(PH)
10/09/17〜10/09/30