マルクト帝国の首都、グランコクマ。
美しい水に見守られるように存在するこの街にある軍本部の自室にジェイドはいた。
「失礼しますわ」
短いノックの直後に乱暴に開かれた扉。
ジェイドはそこに立つ女性に、ニコリとあまり好意的には見えない笑みを向けた。
「これはこれは、『銀の小さじ』さん。私に何か?」
「ええ。山ほどの文句がありますの。『死霊使い』様?」
フフフフ……と二人して、怪しく笑った。
ジェイドは目を通していた書類を揃え、引き出しに入れる。
一応話をする態勢を作ったことに、プリンヴェールは表情をわずかに緩めた。
それでもまだ、随分怖い顔をしているけれど。
「それで、私に文句と言うのは?」
「あなた、昨日ヘルマちゃんに何をしましたの?」
「何……と言われるようなことは何も」
確かに昨日、彼女が出した名前の女性と会った。
マルクト側の依頼を引き受けた彼女からの報告を受けた。
ただそれだけだ。
ジェイドがそのまま伝えると、プリンヴェールはわかりやすく子どもっぽく頬を膨らませた。
「そんなはずありませんわ。あなたのことですから、嫌味の十や二十……」
「あなたは私を何だと思っているんですか」
「嫌味な死霊使い、ジェイド様ですわ」
単語をぶつ切りしながらそう言った。
やれやれと肩を竦めるジェイドに、プリンヴェールは息を荒くした。
「あなたが『皇帝の懐刀』と呼ばれていようが、部下からの信頼が厚かろうが関係ありませんわ」
プリンヴェールはジェイドの目の前へ、マトリクスギアを突きつけた。
黄金色の綺麗な巨大スプーンを。
「わたくし、あなたに勝つ自信、ありますわよ?」
ニコリとそれは微笑みながらも、空気を凍らせるほどの力を持っていた。
「確かにあなたは強いと思いますよ。ですが、この場で武器を構えることの意味を理解していますか?」
脅す道具の代わりにわずかばかりの殺気を滲ませる。
思った通り、彼女は言葉を詰まらせた。
圧倒的な経験不足だ。
「バカプリン、いい加減になさい」
「ヘルマちゃん!?」
「お迎えが遅くありませんか?」
クルクルと巻いた赤い髪。
それを揺らしながら彼女はジェイドの前に立った。
「おたくの皇帝陛下に捕まったのよ」
「それはご迷惑をおかけしました」
「あと、このコ虐めるのやめてもらえるかしら?」
ヘルマの背後からジェイドを窺うようにプリンヴェールは顔を見せた。
「彼女を見ていると、どこぞの鼻垂れを思い出すんですよ」
「気持ちはわかるけど、やめて。プリン、帰るわよ」
「え? えぇ!?」
さっさと部屋を出ていってしまったヘルマのあとを追いかける。
「今度ヘルマちゃんに何かしたら、絶対に許しませんから」
「はいはい」
来た時同様乱暴に閉められた扉。
暇つぶしにはなったとジェイドは口元を緩めた。
ネクロマンサー
ジェイド・カーティス(TOA)
と
ぎんのこさじ
プリンヴェール・シュガー(DSS)
10/09/17〜10/09/30