背後からの視線をそろそろ無視できなくなってきた。
一度手を止め、振り返る。
「どうしたんだ?」
「少しお話したいことがあったので、お時間いただけますか?」
上品に微笑んで、シャロンは一歩近づいた。
綺麗なドレスを汚しては悪いとセネルは慌てて立ち上がる。
珍しく予定もなく、珍しく早めに一人で起きたセネルの元へ『船の修理』という依頼が飛び込んだ。
断る理由はなく、引き受けた。
その作業の途中でシャロンが来たのだが、暫くは様子を窺う意味でセネルは声をかけなかった。
ただじっとそこに立つ彼女に負けたから、セネルは声をかけたのだった。
「話っていうのは何だ?」
「船を出してほしいんです」
「船を?」
そんなことはセネルに頼まなくてもいい。
あちこちの大陸への定期船は頻繁に出ている。
目的地が小さな島だったとしても、近くの船乗りたちは快く運んでくれるだろう。
セネルの疑問に気づいたシャロンは、一度目を閉じた。
「あなたに船を出してもらいたいのですわ」
「俺に? その理由は?」
「おそらく、安全な船旅にはならないからです。見ていただけますか?」
シャロンは世界地図を取り出した。
それを覗き込む。
「この辺りなのですが……」
シャロンは地図上の海を指す。
それぞれの陸地からかなり離れた、海の中心とも呼べそうな場所。
今いる場所から船を出したとして、海流や渦潮の関係でかなり遠回りになる。
その前にたどり着けるかどうかも怪しい。
セネルの記憶が正しければ、船乗りたちの間で噂されている『魔の領域』だったはずだ。
「……どうして、俺なんだ?」
「あなたなら、大丈夫だと思ったのです。あなたなら、私の力になってくれると思ったのです」
外見はセネルより年下の、実年齢はセネルより年上の彼女は上品な微笑みを浮かべた。
何度か見たことがある、裏を含んだ凶器のようなものではなく、純粋な微笑み。
「……保証はできないぞ」
「覚悟の上です」
「わかった。これが終わったら、準備をする。明日になるけどいいか?」
「ええ。ありがとうございます」
約束を交わし、二人は別れた。
まりんとるーぱー
セネル・クーリッジ(TOL)
と
エクエス
シャロン=レインズワース(PH)
11/02/15〜11/02/28