こぼれそうになるため息や苛立ちを何とか抑え込んで、リタは目の前の扉を叩いた。
抑えたつもりだったが、少し力が強く、乱暴な音が出た。
ここは、幽霊船の船内。
ルシフェルという名のヴァリアントチームが拠点にしている、空飛ぶ船。
空飛ぶ船には少し慣れているとは言え、名前が好ましくない。
それにフィエルティア号は始祖の隷長・バウルが運ぶのに対して、この船の原理は未だ謎。
いや、謎ではない。
イオンクラフト航法という最先端技術を有し、ステルス機能によって姿を消すことから幽霊船と呼ばれている、ということはわかっているのだが、専門外なため結局“謎”なのだ。
「はい」
「あたしだけど」
名乗るのが面倒くさくて、リタはそれで済ます。
相手は直ぐに扉を開けた。
「ありがとう。助かったよ」
緑髪の少年はニコリと笑った。
その笑みは純粋なものではなく、何かを含んでいる。
リタが彼を苦手とする理由の1つだろう。
「あたしをパシりに使うなんて、普通ないわよ」
「けれど、君以外に頼める人物がいなかった」
ジェフティは手渡された書類を振る。
紙のこすれ合う音が乾いた部屋に広がった。
「で、報酬は?」
「これでどう?」
ジェフティが取り出したのは、魔導器の魔核。
リタの目の色が変わる。
「あんた、どうして……!」
「知っているだろう? 僕たちはデモンズイコンを探している。一般の研究者が踏み入れないような遺跡にも行く。その結果さ」
ジェフティは「僕たちには興味がないものだから」と続ける。
その言葉は嘘だと思った。
彼らには必要ないものだろうけど、興味がないはずがない。
「ま、いいわ」
受け取った魔核を室内灯に翳す。
そして刻まれている紋を眺めた。
「好きなんだね」
「ええ」
早速書類に目を通すジェフティにちらりと視線を向ける。
ジェフティはリタより年下で、この船のヴァリアントたちのリーダー。
少なくとも、そうは見えない。
「……何だい?」
「別に」
「そうだね。せっかく来てくれたんだから、お茶くらい出そうか」
「そんなのいらないわよ」
リタの返事を聞く前に、ジェフティは準備を始める。
何となくムッとすれば、先ほどとは種類の違う笑みを向けられた。
「そろそろ休憩したほうがいいと思っていたんだ。付き合ってくれないか?」
「わかったわよ」
近くのソファへ勢いよく座る。
たくさんの本に囲まれた部屋。
こういうところは、リタと似ている。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「興味があるのかい?」
「あんたより、ギアのほうにね」
壁に立てかけられている、杖。
それがジェフティのマトリクスギアだった。
彼らヴァリアントが使う武器。
契約した人間にしか使えない武器。
「そうだね……。いつか目的が果たせたら、見せてあげるよ」
「その時は、あたしのコレも見せてあげる」
リタは首につけてある自身の武醒魔導器を指差した。
てんさいまどうし
リタ・モルディオ(TOV)
と
てんさいマトリクスけんきゅうしゃ
ジェフティ・トート(DSS)
10/10/29〜10/11/11