会う
繊細な旋律が、広く殺風景な部屋に響き渡る。
それは、部屋の中央に置かれたピアノが奏でるメロディー。
「どうした?」
ピタリと止んだ旋律と彼の声。
わずかに開いた扉の外にいたのに、何故気づかれたのだろう。
疑問符を浮かべながら、アーデルハイトは室内へと足を踏み入れた。
「あの、邪魔をしてしまって、すみません」
「気にするな。これは、ただの気分転換だ」
確かにいつも弾く曲よりは、幾分軽いものだった。
けれど、アイズの気分転換の邪魔にはなっていないかと、アーデルハイトはオロオロと視線を動かした。
そんな彼女にアイズは口元を綻ばせ、歩み寄る。
「女王陛下。一曲よろしいですか?」
誰もが見とれるような綺麗な微笑み。
そんな笑みを向けられ、アーデルハイトの頬に朱が射す。
「是非、聴かせてください」
アイズの指が白と黒の鍵盤を叩き奏でる旋律をピアノの間近で聴く。
自分のために生み出されるソレに瞳を閉じた。
優しい癒しの音色。
強く弱く意思を持った音は、アーデルハイトの心へと広がっていった。
二分程度の短い演奏は、ペダルを放すことで終わりを迎えた。
「ありがとうございます」
拍手を送ると、アイズは立ち上がり一礼した。
アーデルハイトは心からの感謝を笑みと拍手に込める。
ふと、彼の向こう側の景色が気になった。
大きなガラス窓の向こうには、無限の星空が広がっている。
アーデルハイトは、すぐ側まで近寄った。
視線を落とせば、街の明かりが擬似的な星空を作っていた。
「アイズ」
「何だ?」
「これからも来て構いませんか?」
「当然だ。いつでも好きな時に」
「……夜だけですけれど」
アーデルハイトに許されたのは、月に守られた夜の時間だけ。
この時間のみに活動する同胞達のために、彼女自身の自由な時は僅かだ。
「いつでもいい。俺はここにいるから」
「……はい」
廊下からアーデルハイトを呼ぶ声が聞こえた。
その声には焦燥が含まれていたので、アイズにはバレただろう。
「ほら、早く」
「……はい」
躊躇いがちに進める足。
いつもより重い。
「アーデルハイト」
名前が呼ばれると共に背中を押す優しい手を感じた。
「アイズ?」
「疲れた時には、隠してやるから、行って来い」
「……はい!」
会う約束を一つだけ。
純粋に二人はその音色を愛していた。
E N D
2009/08/24
移動 2011/01/20