ヒューバート&エステル




※Gフライング





木々の間を走る。

どう見ても運動用ではない服と靴なのはツラいが、今はただ走る。

枝に引っかけないように、空色のドレスの裾を持って。


「はぁっ、はぁっ……」


焼けつく喉の痛みと疲労に纏われた足。

ここまでくれば大丈夫だろうとようやく足を止めた。

胸に手を置き、呼吸を整える。

木々の香りを含んだ緑の風が、心地いい。

エステルはその空気を思い切り吸い込んだ。


「こんな所にいましたか」


かけられた声に、条件反射で体を震わせる。

だが、自分を追ってきている人物ではなかったので、無意識に止めていた呼吸を繰り返した。


「ヒューバート……」

「皇女がお一人で散歩するには、些か危険かと」

「散歩じゃありません!」


顔を背ければ、「すみません」と謝る彼の声が聞こえた。

何となく気まずくなった。

そう感じているのは、エステルだけかもしれないが。


「彼らが探していましたよ」


名前を出さずとも分かる。

だから、ヒューバートもわざとそういう言い方をしたのだろう。

自分勝手な行動が、彼らの迷惑になることぐらい分かっている。

けれど、今日は、今だけは、その現実を忘れたかった。

明日には……。


「あの、彼らには……」

「私はこれからサボるので、ご内密に」

「!?」

「何ですか」


真面目なヒューバートからは想像出来ない言葉。

本当に彼が言ったのかと、疑ってしまう。

驚きを隠せないエステルの前で、ヒューバートは何も躊躇せずに座った。


「これ、すみません」


眼鏡をエステルに預け、彼は横になった。

今は閉じてしまった瞳。

眼鏡を外したヒューバートを見るのは初めてだ。

観察するように眺めた。

そして、ふと思い出し、眠っていない彼に声をかける。


「膝、貸しましょうか?」

「……」

「あ、あの。ゆっくり休めるって聞いたので」

「一体、誰情報ですか」

「違うんです? でも、どうぞ。綺麗な髪が汚れてしまいます」


エステルはヒューバートの側に座り、膝を叩いた。

その顔には、わずかな好奇心。


「お気持ちだけ頂きます。姫様にそのようなことを」

「遠慮などしないでください。ヒューバートにはいつも助けられていますから」

「エステリーゼ様……」


ため息に混ぜるように、ヒューバートはその名を呼んだ。

それを了承と取り、エステルはもう二、三度膝を叩く。

彼はそれを丁重に断った。

エステルは気分を害することなく、寝転がるヒューバートの隣で木々の先を見つめていた。






* * *






「ありがとうございます、ヒューバート」

「何のことですか。彼らに言わな」

「違います。ありがとうございます」


彼がここにいたのは、恐らくエステルの護衛。

多分、“彼ら”に頼まれたのだろう。

けれど、それを悟らせないようにか、いつもより柔らかい空気で、言葉も交わしてくれた。

そのことに感謝したかったのだ。

明日に控えた『憂鬱』も、少しだけ和らいだ。


「では、そろそろ戻りましょう。心配しているでしょうから」


差し出されたその手に、自らのソレをそっと重ねた。






E N D



2009/08/25
移動 2011/01/20



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