真昼の秘め事




窓際に追い詰められたアリスは、普段ならけして感じない『恐怖』をデクスから感じていた。

緩やかな、それでいて逃れられない拘束。

薄暗い室内は、何かしら不穏な空気を演出する。


「な、に……よ」


一言も発することがないデクスから、何かを引き出そうと声をかける。

が、情けないくらいに消えそうなものだった。

思い切り睨みつづけてはいるが、これでは効果がない。


「アリスちゃん」


いつもと違うデクスの、いつもと同じ声。

それだけで奇妙な感覚から抜け出せた。


「デクス、退いて」


動きはない。

もう一度強い口調で繰り返す。


「退・い・て」

「アリスちゃん」

「さっさと離れなさいよ。クサイの、キモいの、ウザいの、あんた――……」


強制的な終了を迎えさせられた。

塞がれた唇に一瞬意識が奪われる。

麻痺した思考回路が回復すれば、アリスは全力で暴れた。

デクスに劣っていると思ったことなどない。

それなのに、今はまったく相手になっていない。

暴れる体を軽く押さえ込まれ、深くなる口づけに涙が浮かんだ。


「あんたっ、何してんのよ!!」


涙がボロボロとこぼれていく。

悔しいのか。

怒りなのか。

悲しいのか。

怖いのか。

床に吸い込まれていく雫の意味がわからない。

アリスは乱暴にそれを拭った。

が、新たな涙がどんどん溢れた。


「アリスちゃん、ごめんよ。でも、オレはアリスちゃんのことが好きで……」

「アリスちゃんは、あんたなんか大っ嫌いよ」


デクスと距離を取り、けれどけして背中を見せない。

じっと目を逸らさずに、逃げる分の距離を取る。


「アリスちゃん……」

「近づかないで!!」


その言葉が相手を束縛する魔法であるかのように、デクスは動きを止めた。

今度はきちんとアリスの声が届いているようだった。

ほっとする。

涙は完全に止まっていた。


「アリスちゃん、オレは……」

「何も言わなくていい。アリスちゃんは、アリスちゃんは……」


雲が太陽を遮ったのだろう。

薄暗い室内の闇が濃くなる。

話したいことがあった。

話さなければならないことがあった。

だから、アリスは人目につきにくいこの場所を選んだ。

こんなことになるなんて、想像できただろうか。


「大っ嫌い!!」


可愛らしいアリスの声が、いつもより少し低い彼女の声が、デクスの心臓を突き刺した。


「嫌い。嫌い。嫌い。大っ嫌い」


一度では足りずに何度も叫ぶ。

その度にデクスは傷ついた顔をしたが、アリスには関係なかった。

さっき傷つけられた分のお返しだ、と言わんばかりに連呼した。


「アリスちゃん、本当にごめん」


肩を落とし、謝るデクスは完全にいつものデクスだ。

頼りなくて、情けなくて、鬱陶しくて……。


「あんたが」

「何!?」


アリスの言葉1つでキラリと瞳を輝かせるのも、いつものデクスだ。

3Kデクスだ。


「アリスちゃんのお願い、聞いてくれたら許してあげる」

「本当かい!? オレ、アリスちゃんのためなら何でもするよ!!」


幻のように姿を消した、あのいつもと違うデクス。

不可解に思いながらも、アリスは当初の予定通り秘密の計画を話すのだった。

ヴァンガードには知られては厄介な、そんな計画を。





真昼の秘め事





title thanks『つぶやくリッタのくちびるを、』



2010/09/19
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