死んでもなお美しい世界




この世界にだって、綺麗な場所がたくさんある。


それなのに、醜い部分ばかりを見つけてしまうのは、自分が『汚い』からだろうか。






アリスは自室で何度もため息をついた。

思うように進まない現実。

……いや、現実が思い通りになった例がない。

ため息で首を絞められる不可解な錯覚にさえ、囚われる。



(疲れてるだけよ)



自分がこんなおかしなことを考えているのは、ただ疲労が蓄積された脳が間違った信号を送るせい。

イライラするのは、よく分からない自分の感情に。

テーブルの上の白い花瓶には、デクスに押し付けられた赤い花。

ヒラリと一枚花弁が散った。

何故だか分からないが、無性にあの顔を見たくなった。

今までこんなことはなかった。

とにかく落ち着かない。



アリスは部屋を飛び出した。

走りながら、無意識に探す。

いつもなら、視界に入れたくないほど鬱陶しい彼の姿を。


「デクッ……」


ようやく見つけた彼を八つ当たりのように呼びかけて、止めた。

ああ見えて、彼は工作班のリーダーだ。

部下に指示を出しているその姿は真剣で、初対面の人のような違和感を感じた。

話を聞いている部下の半分が女性であることも、アリスの感情を逆撫でした原因だが。

愛用の鞭をしっかり握る。

ここ周辺の物をすべて破壊したい衝動に駆られた。

大人げないと、デクスごときに体力を使うのは勿体無いと、叱責する。

が、黒い靄は心に絡みついて離れない。

思い切り振り上げた手を、重力に苛立ちをプラスして下ろした。


「アリスちゃん!!」


掴まれた手首。

勢いを持った鞭は、デクスを直撃した。

彼が止めなければ、アリス自身を傷つけていたのだが。


「……何?」

「それは、こっちの台詞だよ。アリスちゃん、何をしようとしてたんだ?」


デクスの手を振り払い、彼を睨む。

が、鋭い瞳に負けてしまいそうになった。



(デクスのくせに……)



「アリスちゃん」

「別に何もしてないわよ。ただ、ちょっとイライラしただけ」


思いのほか素直に。

けれど、曖昧に濁して答えた。

それで満足したのか分からないが、デクスはアリスの手を放した。


「アリスちゃん」

「何よ。何回も名前呼ばないで」

「そんな悲しそうな顔をしないで」

「はぁ?」


悲しそうな顔?

アリスには、意味の分からないこと。

悲しいことがないのに、何故そんな顔をしなければならないのだ。


「何言ってるの」

「自覚ないんだ」

「だから」

「アリスちゃんはさ、アリスちゃんが思ってるより、表情に出てるよ」

「うるさいうるさいうるさい」


デクスの言葉一つ一つが、鬱陶しい。

顔を見たいなどと思った少し前の自分を呪いたくなった。


「デクス」

「何?」

「奢りなさい」

「うん!」


歩き始めるアリスの後ろを犬のようについてくるデクス。

何で、こんなヤツに……と思いながらも、凍りかけた自分の心は、素直に反応した。






***


小さなオープンカフェ。

向かいあって、お茶の時間を共有しているのだが、アリスはデクスを完全無視して、自分の世界を作っていた。

ブルーベリーやラズベリーがたくさん乗ったタルトにフォークを突き刺す。

綺麗に飾られていた皿を、簡単に乱すこの行為。

アリスはどこか嘲笑うように、それを見ていた。


「アリスちゃん」


タルトを口にしないし、紅茶のカップにも触れない。

デクスはそれを疑問に思ったのだろう。

だが、アリスはそれに応えるつもりはなかった。

チラリと視線を動かせば、中身が半分になったコーヒーカップと、こちらも半分になったガトーショコラ。


「あ、アリスちゃん。食べる?」


デクスは自分のフォークに一口分のソレを乗せ、アリスの前へ。

どこのバカップルだと言いたくなる。

が、デクスとアリスは『カップル』と呼ばれるような関係ではない。

ただ同じ孤児院で育って、同じ組織に所属しているだけの繋がりだ。


「おいしいよ」

「……要らない」


グシャグシャと皿の上のタルトを潰しながら、デクスを睨む。
食べる気など端からなかった。


「アリスちゃんは、シフォンケーキの方が良かった?」

「……」

「それとも」


そんなことを言いたいのではない。

不意に食べ物を粗末にするなと叱られた、遠すぎる過去が蘇った。

フォークで原型を忘れたタルトを掬う。

口に運べば、懐かしい味がした。


「……デクス」

「何、アリスちゃん!!」

「うるさい。もう少し静かにして」

「ゴメンよ」


カチャカチャと食器がぶつかる音を聞きながら、アリスはデクスを真っ直ぐに見つめた。

照れるなどとふざけたことを言っているデクスを、一発殴った後で小さなため息をつく。


「ねぇ、デクス」

「何?」

「この世界って……」


続いた言葉を聞く度に、デクスは表情を曇らせた。


「……じゃない?」


最後の言葉を言い終えると、デクスはテーブルを思い切り叩き立ち上がった。


「アリスちゃん。いくらアリスちゃんでも、言っていいことと悪いことがあるよ」


静かに怒るという表現が当てはまる。

そんなデクスを見たことがない。


「アリスちゃん、帰る」


逃げるように立ち上がる自分は卑怯だ。

途端、デクスはオロオロといつもの情けない表情に変わる。


「アリスちゃん、オレ……」

「別に怒ってない。早く帰るわよ」


テーブルを挟んで笑うデクス。

こんなバカみたいな笑い方に癒された自分もバカなのか。





「世界を汚い物だと思っている者がいなくなれば、綺麗な世界になるんじゃない?」


自分でもバカげたと思える発言は、脳の誤作動か本心か。

曖昧な空間の中で、目の前にいるデクスの存在が、確かな現実だと主張していた。






死んでもなお美しい世界

アリスちゃんのいない世界のどこが美しいんだよ!!

バッカじゃないの。
誰がいようといなかろうと、世界って変わらない物なの。

オレの世界のすべてはアリスちゃんだから!!
アリスちゃんのいない世界なんて、世界じゃない。

うざい……。
ホント、バッカじゃないの。




E N D



2009/08/08
移動 2010/12/10



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