泡にならなかった人魚姫




※ほわ〜っとED後?

カプっぽくないかも。






たくさん伝えた言葉は、本当にきちんと彼に届いていただろうか。

それを確認する術はない。

今でも伝えたい想いは溢れている。

叶うのなら、後悔しないようにすべてを吐き出したい。

彼に伝えたいものを全部……。






透き通るほど青く晴れた空の下を歩くマルタの足は重い。

鉛をつけているかのように、地面から上がらない足。

今日の目的地はない。

部屋でじっとしていると、嫌な考えに支配されそうだったので、散歩することにしたのだ。

いくらか気分が沈んでいたが、すれ違う人々の笑い声は不快などではなく微笑みを浮かべられるもの。

楽しそうな空気は幸せの形で、マルタはほっと息を吐く。

すべてを終わらせたあのあと、父親と必死で走ってきた。

すべての罪を償うために必死で。

目が回るような日常でも忘れることがなかった。

忘れられるはずがなかった。

大好きな人のことを。

自然と足は止まっていた。

マルタの中に生きる彼の存在は大きすぎて、呼吸すら上手くできない。

ぐちゃぐちゃに絡まった糸を解くことなどできず、泣きわめくことで気持ちの整理をしたかった。


「マルタ」


声が聞こえた。

自分に都合よく聞こえた彼の声。

寝なくても夢が見れるのかと思った。


「マルタ」


もう一度。

現実か夢か確かめるために、瞬きを繰り返す。


「夢、じゃない……?」


そこに立つのは、微笑みを携えたエミル。

本当に彼なのかと頭は疑う。

けれど、胸に溢れる感情は名前を呼ばれた瞬間から彼だとわかっていた。


「エミル!」


駆け出して彼を抱きしめる。

迷子の子どもが母親にするように、離さないと力で示す。

温もりも匂いも、忘れることがなかったエミルのもの。


「マルタ、痛いよ」


苦笑を含んだエミルの声が、マルタの中に浸透していく。

満たされていく。

伝えたいと願っていたものは、涙のせいで言葉にはならなかった。

こんな風に泣いてしまったら、顔を見せられない。

だから、彼の胸へ可愛くない顔を押し付けた。

恐る恐ると言った様子で優しく抱きしめ返してくれたエミルが、本当に大好きだと改めて思う。

『大好き』よりもずっとずっと大好きだ。

涙で言葉にならない代わりに、ギュッと腕に力を入れた。



もう二度と離れたくない。


離したくない。


ずっと一緒にいたい。


ずっと一緒にいてほしい。


大好きだよ。


そんな言葉を込めて。





泡にならなかった人魚姫





title thanks『瞑目』



2010/12/07


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