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小話
2012/11/23 10:30



 人と付き合うというものをしなくなって、どれくらい経つだろうか。ある程度だが自認しており、他人にも褒められる容姿がそれなりな為か、そういったものを求められることは多かった。しかし気分によっては頷きはしても、結局は煩わしくなって切る事が増えてからは初めから断ることにした。あの頃は、ひたすらに宙に浮かぶ星ばかり目指していたから。

 だからだろうか、星のような輝きを発する存在に、心惹かれたのは。


















 南波六太が聖なる木の下で男と抱き合っていた。

 そんな本人にとっては不名誉極まりない、だが強ち嘘とも言い切れない噂が一人歩きをしているのを聞いたのは確か食堂だった。最終的には離れ離れになった運命の恋人と感動の再会を果たし、愛を再び誓いあったのだというラブロマンスにまで発展したようだが。当人の六太が猛然と否定をする癖にじゃあ全部嘘なのかと聞かれるとうっと詰まるので、余計に信憑性が増したらしい。六太は嘘がつけない男なのだ。
 なので六太の両親が聞いたら大爆笑しそうな話が、一人の男の耳に届くのにもさして時間はかからなかった。

 それを聞いた時の初めの感想は、そんなことあるわけないだろう。だった。先ずはあの六太に彼女がいるという甲斐性があるのかという疑問。次にその噂の大半は恐らく尾鰭背鰭がついただけであること(ここの人間は噂好きだ)。しかしながら、男と抱き合っていたということだけは確実だったらしい事実に、何故か男は眉を潜めた。それから胸中に感じたものに動揺した。正確には一方的に抱きつかれていたのだが、そんなことは知らない男。新田零次は、自分の中に沸いた感情をもて余していた。









「だっから違ぇーよ、なんで俺が日々人と抱き合わなきゃいけないんだよ」
「なんだ日々人さんだったのか」

 予想通りというかなんというか。本当にあの人は六太が好きだなと呆れつつどこかほっとしている自分にまたよくわらからない戸惑いが新田の思考を邪魔した。立ち上がってまで否定した六太は、うるせえから座れと言う新田にむっとしつつ大人しく着席する。口を尖らし幾つだよと呆れるような表情でストローを噛んでいる。このもじゃもじゃは妙なところで子供だ。

「お前ら本当に仲がいいな。普通そんなに一緒にいるもんでもないだろ」
「そうか?」
 それが今まで当たり前だったので特に意識したことはないと首を捻るので、一般的な兄弟はお互いがお互いにクリスマスプレゼントの交換なんて毎年毎年やらねえよ、と突っ込めばそうなのかと目をまるくする。その幼い表情に吹き出しそうになりながらまあ俺も普通なんて知らねえけどなと皮肉れば、悲しそうな顔をする。
 本当に感情が出やすいというか、お人良しな男だ。ちょっと笑いつつ提案してみる。

「折角の休日なんだ。もっと別にいるだろ、中々会えない友人とか。恋人・・・・、はいないからアレだけどな」
「一言余計な奴だなお前は本当に」

 にやっと言う新田に顔を引き攣らせつつ、でもやっぱりなぁ、と六太は微妙な顔をする。

「偶にしかない休みだからな、それこそ気兼ねしない奴と過ごしたいと思わねぇか?」
「ーーまぁ、な」

 六太の言いたいことはわかる。それでも何故か、燻るものがある。自分でもこのもやりとした気持ちが理解出来ずにいることが嫌だった。なんなのかこれは。

「だから俺は多分一番気兼ねしないっていうか、気にしなくていい日々人で妥協したりとかしちゃうんだろうな」
「・・・・」
「あとはそうだな、ケンジとか、オジーとかとよく飲むし、紫さんはいつの間にかいたりするから結構頻度あるし、あとはビンスさんにー」

 次々と上がる名前。自分の知っている大体の人間と、中には元は六太のことを良くも思っていなかった筈の名前もある。散々名前を挙げてから、こう考えてみるとNASA関係の人とは会ってるなと笑う。それからふと思い出したように六太は新田を見た。

「あれ、でも、お前と飲みに行ったことないな?」
「あるだろ、最初のあの二次試験の打ち上げで」
「あー違う違う。差しでってことだよ」

 つまりは先程挙げた名前の全員は、一対一で仲良く飲む仲であるということなのだろうか。改めて、六太の社交性には呆れるばかりだ。しかし新田は呆れを通り越して何だか面白くなかった。別にコイツが誰と飲もうが関係ないしどうでもいい筈なのに。
 無意識に仏頂面になっている新田に気付かず、んーと何か考えていた六太は、さらと言った。

「じゃあさ、次に休みは新田が一緒に過ごしてくれよ」
「・・・は?」
「お前だったら今更気兼ねもしないし、一緒にいて有意義に過ごせそうだ」
「・・・・・・・・」

 勿論、都合悪くなきゃだけど、どうだ?と南波六太に無邪気に尋ねられ、平気でいられる人間が果たして何人いるのだろうか。先程名前が挙がった彼等からすれば即答に加えて簡単に喜びでも示したのだろうが。俺は違う。何で貴重な休みをこんなもじゃもじゃと消費しなければならないのか。


「―別にいーけどよ」
「おっしじゃあ何時にする?」



 ――と、思っていたのだが。実際は奴らと自分も変わらないらしかった。
 内なる声を全て無視して勝手に口が了承したことに、新田は益々混乱したまま訓練あるからと席を立った六太をぼんやりと見送った。











 その夜。帰宅してから、早速届いていたメールを無言で眺めていた新田は、電話をかけた。
 2コール程で直ぐに相手は出た。

『おぅ、どうした新田』
「・・・南波、飲みに行くのはいいんだけどな。でも、その、日々人さんとか、――大丈夫なのか?」

 俺の命の保証方面で。
 新田は帰ってからずっと考えていた。南波六太の弟である日々人について。その重度ともいえる兄への慕い様を。
 あれは初めて会った時だった。ケンジやらセリカにはにこにこと対応していた日々人が、こちらを見た瞬間眼の色が変わった。



――コイツは、駄目だな。



「・・・・・は、」
「ん?どうかしたか新田」
 耳を疑った。一瞬聞こえた気がした声は、しかし実際には音にはなっていなかった。でもあれは、確実に日々人からこちらに向かって向けられた感情で。
 思わず出した声に六太が不思議そうにこちらを見ている。そのきょとんとした顔を眺め、コイツの弟であのお茶の間で大人気な南波日々人がという考えが浮かぶ。うん、さっきのはきっと空耳だ。

「・・・・・いや、多分俺の聞き間違、」
「どうしたのムッちゃん。俺にも紹介してよ」
「日々人」

 そこでさっきまでの笑みとは違った心からの笑顔で、兄に話しかけた日々人が会話に入る。きっと碌に聞いていないだろうに、六太のする新田の紹介をそうなんだと頷いてから手を差し出した。

「兄がいつもお世話になってます、南波日々人です」
「あ、あぁ」
「兄が何かしたら直ぐ言って下さいね」
「おいどういう意味だ日々人」
「別にー?ムッちゃんが普段俺の知らないトコで何してんのかなーって思っただけー」
「どんだけ俺がやらかすと思ってんだお前は・・・」
「あはは違うよムッちゃん」

 既に視界の外に放りだしたようにして、さり気無く六太の肩を抱えて自分から離れて行く。その背中を見ながら、新田はよくわからない寒気にぶるりと身体を震わせた。
 あれは恐らく牽制のようなもの。独占欲を、剥き出しにして、隠そうともしない。
 そんな存在を傍に置いて、けろっとしている六太が信じられなかった。只管に六太が鈍いだけなのか、日々人が巧妙に隠しているだけなのか。どちらかは知らないが何にせよ絶対に関わってはいけない。新田は心に固く誓った。



―――筈だったのに。



(何でこんなことになってるんだ・・・・・)



 数か月前の事とはいえ、忘れていたなんて信じられない。
 あれから色々あって、随分と新田の六太に対する評価は変わった。こちらの事情を知って、動いてくれたこと。感謝も覚えている。自分の今までの態度を考えれば一蹴されたって仕方無かったのに。
 だから、あの時とは違う心境だった自分はきっと心が動いたのだろう。だからと言って命が惜しくないわけではない。どうすればいいかわからず、一先ず六太が日々人に知らせなければいいのではという考えに落ち着いた。話してしまっていればもうそれはアウトだ。なかったことにしよう。新田はすり込みにも似た日々人への警戒心からそう決めた。


『? 何で新田と飲むのに日々人が関係あるんだよ』
「俺もお前と違ってまだ若いから死にたくはないんだよ」
『はァ?』

 訝しげな声に、そうだろうな何言ってんだって思われても仕方ねえよでも気付けよお前も!という叫びを飲み込む。
 それからどうなんだと聞こうとしたところでケータイから聞こえる六太の声が少し変わった。通話口から離したのか知らないが、声が遠い。

『あ、日々人。おけーり。飯ならそこにあるからって、ん?相手?新田だけど。・・・・・・は?切って?なんでだよ。・・・・・意味わかんねーぞ日々人。飲みのスケジュール組む話してるだけだっつの。・・・・・・・はァ?余計に駄目って、なんでお前にそんなこと決められなきゃいけな、・・・・・いやそれでなんでお前が来ることになるんだよ。お前その日は確か訓練だろ。それこそ駄目だろ、来れないだろ。・・・・・いやだから来れないから、お前の仕事は何なのか言ってみろよ、・・・・・いや俺のセコムって、ねーよそんな仕事!お守してもらうような年でもねーよ俺は!だったら絶対駄目って、あのなあ日々人いい加減に、し、って、ちょ、やめ!なにす、ぎゃっ!』




 ぶつっとそれきり切れた通話に、無言で新田はケータイを切った。
 それから直ぐに忘れてしまおうと布団にもぐり込むが、数分後に来たメールに再び頭を抱えた。




『さっきはスマン。日々人が酔ってて絡んできてさぁ。ま、それはいーや。
日付とかはそのままで頼むわ。都合悪くなったら連絡してくれ。
当日、新田と飲めるの楽しみにしてるな!じゃ、おやすみー、良い夢見ろよ!』





 断る事が出来ない自分が信じられなかった。
 今まで散々してきたことなのに。どうしてこうなった。つーか絶対憑いてくるだろ、アイツ。
 予感のようなものを感じてげんなりした新田は段々苛々してきた。何であの弟にこっちが振り回されなければならないのか。自分と六太の問題に何故弟が割り込んで来る?ムカムカした。折角、六太が誘ってくれたというのに、これで弟のブラコンの所為で本当になかったことになったらどうしてくれるのか。
 折角ってなんだとかいつもだったら自分に突っ込んだだろうことを考えていることも気付かない位に、その時新田は苛立っていた。南波日々人という存在に。

 上等だ、その喧嘩、買ってやる。


 再びケータイを掴んで電話をかけた新田は、相手の声も聞かないうちから言い放った。


「おい南波、日々人さんが何を言ったって知ったこっちゃねえ。お前が言い始めた事なんだ、責任取ってお前は俺と絶対に一日過ごせよ、いいな」
『・・・・・・・・・』


 相手の返事を聞く前に切る。言いたい事を言った。その所為か、すっきりした気分だった。
 これでよく眠れそうだと眼を閉じた新田は知らなかった。

 新田が電話をかけた時、六太が風呂に入っていた事を。
 だから、電話に(勝手に)出ていた相手が彼の弟である日々人だったことを。

 切れた電話を持ったまま、日々人がどんな表情を浮かべていたのかを。

 

 なにも、知らなかった。








 後日、それを知った新田は相当に後悔することになるのだが、一番何も知らない六太は呑気に鼻歌を歌っていた。





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