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小話
2012/11/11 19:30


「ムッちゃーん!」
「うわぁ!?」

 がばあと黒い影に背後から飛びつかれた六太は、そのまま地面に突っ込みそうになった。それを何とか踏み止まり、ちょっとばくばくしている心臓を抑えて振り返る。誰かなど確認する必要もない。こんなことを自分にするのは一人位だ。キッと見やれば見慣れた、自分とは似てない(というか両親にもあんま似てない気がする)綺麗に整った顔がある。それが悪戯が成功した悪餓鬼のような笑みを浮かべていたのでいらっとした。
「あぶッ、危ないだろう日々人!」
「ごめん」
 ぺかーと笑って全然全く悪びれない弟に、更に言おうとしていた六太だが、直ぐに諦めた。この弟には今更こういった小言を言っても仕方ない。説教は諦め、自分から日々人を引き剥がそうとするが、それに何故か日々人が抗議をいれる。
「ちょっとなにしてるのムッちゃん」
「何って、お前剥がそうとしてるだけだろ」
「なんでそんなことすんのさ」
 不満そうというか、訝しげな顔をされてこっちが困惑する。え?だって、え?
「いや、剥がすだろ、普通」
「いや、離れないから普通に」
「「・・・・・・・・」」
 妙な沈黙と一緒に数秒間弟と肩越しに見つめ合った六太はえ?俺がおかしいの?などと考えてみるが別におかしなことなどなかった。というか良い年こいて公道のド真ん中で30越えのおっさんである兄に嬉しげに抱きつくこと自体がおかしいのだ。100歩譲って可愛い年の離れた妹とかならまだわかるけど。だが残念ながら自分はただのおっさんだ。ついでにもじゃもじゃである。いや、もじゃもじゃなのが悪いっていうんじゃなくて。ってかお前は有名人なんだからちょっとは自分の言動を気にしろ日々人!
 言いたいことは色々あったが取り敢えず今は日々人を引き剥がすことが先決だった。周りの通り過ぎて行く人達の視線が痛い。物凄く痛い。そりゃそうですよねすいません良い年こいたもじゃもじゃのやることじゃないですよね(いや俺は被害者!)っていうかホントに!
「おっまえ、ちょ、マジ、離れっ!」
「なんっで、そんな、ムキにっ、なってんのさっ」
「ムキとかっ、じゃなくて!やめろっつってん、だよ!良い年こいて、恥ずか、しいっ!」
 ぐぎぎと兄と弟の攻防戦が始まった。攻防戦というかもう略弟に侵略された状態だが。両手でがっちりとホールドされて腹の前で組まれた両手は容易に解せそうもない。日本人の癖にでけー手だなおい。妙な所でまでコンプレックスを刺激してくれる弟だホントにお前は!歯が立たないのと恥ずかしいのと弟の手一つ振り払えず唸ったことに、にやりと日々人が笑う。
「伊達に毎日鍛えてないからね」
「んなアホなことに日々の成果を発揮すんな馬鹿!」
 本当に俺の弟は螺子というかよくわからないものが抜けている。なんだそのドヤ顔は。やめろ腹立つ!しかし実際に勝てないのは明白で、情けないながらも六太は降参するように手の力を抜いた。
「だーもう、お前はなにがしたいんだよ・・・・・」
「ムッちゃんこそなんでそんな嫌がんのさー」
「だからそれは、・・・・あー、もういい」
 げんなりとして、もう無理に剥がそうとしたりしないから。邪魔にならんよう道の端に寄るぞと日々人を促す。弟に背後からがっちりと抱き付かれているという間抜けで同僚には絶対に見られたくないような状態で移動する。近くでじっと無垢な眼でおかーさーんあれーと指を刺している女の子の眼が辛い。見ちゃいけませんというお母さんの眼が痛い。なんでこんなことになったんだ・・・・・・。
 がっくりとして六太が抵抗をやめたので、満足そうに今度は頭に顎まで乗せて兄を抱え込んだ日々人はご機嫌だ。鼻歌まで歌っている。何が楽しいんだか。
 呆れつつもいつまでもつっぱっているのも疲れるので、自棄になってのっしと遠慮なく体重をかける。ふぐっという日々人のちょっと苦しげな声がした。ふん、ざまあみろ。苦しかったら俺を解放しろ。しかし言っても知らん顔である。やれやれ。
「で?結局お前は何が不満だったんだ」
 言ってみろ。聞いてやるからと、未だに腹の上で組まれたままの日々人の両手をぽんと叩く。急激に冷えてきた最近の気候によりすっかり冷え切っている。ポケットにでも手を入れて温めればいいものを。それなのに日々人は気にもしていない。ったく、風邪引くだろ。
 そこでふと、何かを思い出したのか。六太は鞄にがさごそと手を突っ込み始める。
「不満っていうか、ムッちゃんが俺が抱き付いたのを嫌がるのが悲しかっただけだよ」
「俺は嫌っていうかだな」
「わかってるよ、ムッちゃんはちゃんと常識があるからね」
 こんな公共の場所じゃあ恥ずかしかっただけだもんねと笑う。ちょっと寂しげなそれに六太は何故だか罪悪感を覚えた。自分は悪くない。悪く無いのだが。
(・・・・・・・・・・あーもう、)

「でもさぁ、それがなんだか俺自体を嫌がってるよーに思えて、それで」
「バカ日々人」
「ぶっ」
 段々と小さくなっていく日々人の声に、六太は鞄から取り出したそれをべしんと日々人の口元に当てた。
「俺がお前を本当の意味で嫌がるわけないだろ」
「ムッちゃん・・・・・」
「お前は俺の弟なんだからな」

 あとそれ、ちょっと早いけどクリスマスプレゼントな。そう言って指を指されたのは温かそうな手袋だった。それは以前、二人で町をぶらついていた時に日々人が欲しいと言っていたもので。でもまだ季節は早いし、少し高いからとやめたものだったのに。
(覚えてて、くれたんだ・・・)

 手袋を貰えたことよりも、なによりもそれが嬉しかった。幸せだった。じわりと眼の辺りが熱くなる。溜まらず六太を更に抱きしめた。

「〜〜〜〜〜ムッちゃーん!!」
「う、わ!?ばかっ、だからそういうことをやめろって、ちょ、まじくるしっ、苦しいんだよこのッ!」
「ムッちゃんムッちゃんムッちゃんムッちゃん!!俺ムッちゃん大好き!」
「ぐえ!わかったわかったから!まじ一回離れっ、ギブギブギブギブ中身出るって言って」
「ホント心の底から愛してる!ムッちゃん!」
「ぎゃああああ!!」




 とうとう押し倒すまでに愛をぶつけた日々人は、いい加減にしろ!という兄の愛の鉄拳を貰う。しかしそんな痛みまでもが嬉しくてしかたなかった。日々人は六太から貰えるものならどんなものでも幸せを感じるので。それを感じたままに言ったら暫く何故か連絡が取れなくなったのだが、そんなことは気にしない。へこたれない。何があっても諦めない。諦めきれないのだ、兄だけは。


 それを改めて実感した日だった。ムッちゃんと一緒であればなんだって楽しい。それは昔から変わらないこと。

















「という浮かれた様子のメール、・・・いや、ポエムか?が、来たんだが。お前の弟は、その、大丈夫なのか?」
「・・・・・・・・」

 俺、弟の育て方間違った?

 後日、吾妻に態々呼び出された内容がそれだったことに、六太は眩暈を感じた。







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