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小話
2012/09/15 15:12


「じゃあ僕は先に帰ります」
「待てテツヤ」

 失神してしまった黄瀬を邪魔臭そうに退け、立ちあがった赤司に、黒子はちょっと嫌そうに振り返る。
 それに目敏く気付き、赤司が可笑しそうに微笑する。

「どうした、不機嫌そうだな」
「不機嫌なのは赤司君の方でしょう」

 こういう時の君は意地悪なので好きじゃないです。憮然というのに赤司は黒子に近寄る。
 何もしていないのにどうしてこう、この人はオーラがあるのだろうか。黒子は赤司が苦手だった。

「黄瀬を苛めたのが不満か?」
「別に不満じゃないです」
「そうか、なら別に構わないだろう」
「構います。何ですかこの状況は」

 いつのまにやら追い詰められていた壁際に、ちょっと眉を潜めて尋ねても、赤司の表情は変わらない。いつだってこの人はそうだ。

「さっき黄瀬がしていたことと変わらないだろう」
「変わります。彼は別に業としてたわけじゃないですし」
「業とじゃなければいいのか」
「・・・・・・そうじゃないですけど、」

 いちいちあげ足を取らないでくれないだろうか。そう言いたいのに、言えない。近過ぎるのだ。息がかかる程の距離。
 鼻先が頬を掠り、流石に非難の眼を向ける。

「悪ふざけが過ぎます赤司君」
「何がだ」
「近いです」
「嫌か?」
「嫌ですね」
「はっきり言うな、テツヤは」

 笑いを含んだ声を出し、あっさりと身体を離す。それにほっとしたのかいつの間にか身体に入っていた力が抜けた。

「だがそこが好ましいな、お前は」
「・・・・・・・・赤司君は趣味が悪いですね」
「褒め言葉として受け取っておこう」

 帰るぞといってあっさりと背を向ける。溜息を吐きつつ後ろで伸びている黄瀬をどうするか迷うが、一晩位ほうっておいても平気だという赤司の言葉にそうだろうかと迷いつつも付いて行く。赤司の言葉にはそうかもしれないという力がある。
 引力、とでも言うのだろうか。人の視線を、耳を、眼を惹きつけて止まない魅力の塊。勝手に膝を付きたくなるような、そんな怖い程のカリスマ性を持つ人物。それが自分のチームを率いるリーダーということが誇らしくもあるが、時々不安にもなる。このままでいいのだろうか。漠然としたあやふやな気持ちが袖を引く。








「テツヤ」









 でも今は、この紅玉の瞳に付いていくと決めていたから。






「・・・・・・今、行きます」







 鉛の枷がまた少し増えた気がした足を引き摺って、ただ前を向いた。







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