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小話
2012/09/15 15:10


「へこんでるんですか」
「・・・・黒子っち?」

 誰もいないからと選んで座るようになったのは体育館裏にある倉庫の横。サボりだと後から赤司から倍のメニューを言い渡されようがいいと思うくらい酷い顔をしている時に逃げ込むようになった場所だった。大抵のことはへらりと流すこともできるし悔しいと地団駄を踏んで再戦だと絡むことも出来た。
 ・・・・・・・でも時折、どうしようもない程のその差を見せつけられると、どうしても位落ちる時もあったので。

(ファンの子達全員の眼を掻い潜って抜け出すのも、結構大変なんスけど・・・・、)
 なのにあっさりと見つけられたことにぽかんとした。赤司や緑間などは気付いているようでも見て見ぬフリをしてくれていたので(その後の扱きメニューはその分容赦ないのだが)。他の面々は気付いていないか、それか、
「興味ないだけかと思ってたんスけど」
「何がですか」
 気にしてくれていたのかという一瞬だけ沸いた嬉しいという気持ちも、けれど直ぐに現在の負の感情にべたりと塗りつぶされる。
 自嘲するようにした黄瀬に、黒子が汗を拭いつつ小首を傾げる。その仕草にいつもならば可愛いとトキめいては騒ぐ筈の黄瀬は、しかし曖昧な表情を浮かべて視線をずらしただけだった。その様子に黒子が訝しげに眉を潜める。
「黄瀬君?」
「あーもしかして呼んで来いって言われて黒子っちが来てくれたんスか?だったらもうそろそろ戻ろうと思ってたんで、」

 ――だからこれ以上此処にいて欲しくないんスけど。

 遠まわしに、しかしきっぱりとそんなオーラを出した。
 空気が読めないように見せて、人一倍その場の調和を気にする黄瀬にしては有り得ない態度だった。青峰や桃井がみたらきっと驚いたに違いない。
 眼を瞬きつつ、いつもと様子が違うようだとわかったのか。しかし黒子はその場を去ったりはしなかった。代わりにすとんと黄瀬の隣に腰を降ろす。通常であればそれだけで気持ちも浮上する筈なのにそれもない。逆に何故いなくなってくれないのかという苛々感が増しただけだった。
 らしくない。それは自分が一番感じていることで、でもどうしても抑えられない感情で。
(あーもう、だっせぇ・・・・、)
 だから、一番いつでも見ていて欲しい黒子だから、逆にこんな自分など見てほしく無いから。
 遠ざけようとしているのに。

「さっきのプレイ、見てました」
「・・・そうスか」
 まだ流れる汗を拭う黒子を横目で眺める。白くて細い。タオルを持つ手首などちょっと捻れば折れてしまいそうだ。とてもキセキと呼ばれる彼等と同列には見られないだろう。きっと、これからもずっと。自分を含めた5人以外、誰もそれを知らない。
 それでいいのだろう。赤司もそう言っていたしそれこそが彼のバスケだから。

 でも本当は、自分以外の誰も知らなくていいのにと考える。
 
「どうでしたか」
「・・・どうしたも何も、それで今へこんでるんスけど」
「ボロ負けでしたからね、黄瀬君」
「黒子っち〜〜・・・、酷いっス」

 慰めてくれても良くないっスかと言っても素知らぬ顔。そんなツレないところも好きで。こんな簡単に思うようになったのは何時からだろう。わからない。
 じとっと見やるのを知っている癖に気付かない振りをしていたのに、急にこっちを見るのでドキリとする。最近気付いたが自分は不意打ちというのに弱い。いや、彼のすることには何でも弱いらしい。

「でも楽しそうでした」
「・・・・黒子っち、」

 硝子玉のような瞳が少し和らいだことに更に心臓が鳴る。さっきまでのドロドロしていた感情が嘘のようだ。
 でもそれは、次の言葉で簡単に吹き飛んだ。



「青峰君も、楽しそうでしたし」



 嬉しいという感情も、高揚していた身体も、全部。

 全部。



 自分の名を呼んだ時よりも優しげになった気がした彼の綺麗なスカイブルーが濁って見える。歪んで見える。
 わかってる。歪んでるのも濁ってるのも全部全部黄瀬涼太という人間が汚ないというだけだ。

(ねえ、黒子っち)



 どうして君は、いつも俺の感情を掻き乱すんだろう。

 君の眼に映る自分はいつだって格好良くありたいのに。




「・・・・・・・黄瀬君?」

 壁に手を付くと、自棄に大きな音が響いた。
 随分と古くて使われていない倉庫だから仕方ないかもしれない。別に殴り付けた訳ではないのだが。
 それに寄りかかっていた黒子を怖がらせてしまっただろうか。こんなに近くにいることで嫌がられていないだろうか。考えることはいつもと似たようなものなのに酷く歪で冷めたように眺めていた。少し見開いた瞳が自分だけを見ているのが気持ち良い。自分の意思とは関係なく口が勝手に動く。

「見てたのはどうせ青峰っちでしょう・・・・・?」




 いつもいつも、その瞳に映るのは君の光ばかりで。




「なんか、負けるの当たり前みたいなんすけど、俺も一応頑張ってやってんスけどねー」






 どうして、先に君の視界に映ったのが俺じゃなかったんだろう。

 どうして、先に君を見つけたのが俺じゃなかったんだろう。


 どうして俺は君の光になれないんだろう。



 どうしたら、君の、光になれるんだろう――?









 俺は、君の光が、ニクイ。







 そんなことを思う、醜い自分が、酷く、嫌いだ。












「――拗ねるのもいい加減にして下さい」


 びたん。


 軽い音というには結構な音が頬で鳴った。
 大して痛くもない筈なのに、黄瀬はいつもの静かな湖面の瞳が直ぐ眼の前にあることに、ハンマーで殴られたようなショックを受けた。
 それに、急激に頭が冷める。


(俺、いま、なに言った・・・・・・!?)


 代わりに一気に顔に熱が集中する。途端思考は一つになる。


 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!


 いくら落ち込んでいたからって、あんなことやこんな台詞を吐きだしてしまうなんてなんて恥さらし!これでは自分が弱いからと認めていじけているだけの駄目な男ではないか。視線を感じるのにとても顔を上げられなかった。見ないで欲しかった。いつもなら此方を見てくれるだけで顔が緩むのを止められないのに。どれだけ苦心して此方を気にして欲しいとアピールしているかわらかないのに。
 こんな格好悪い自分なんて誰にも見られたくないから、だから態々此処まで逃げて来たのによりにもよって一番見られたくない黒子に、自分からこんな醜態を晒してしまうだなんて情けなくて恥ずかしくて涙が出そうだった。

 耳まで真っ赤にして顔を伏せてしまった、さっきとは全く別人のような。黒子にとってはいつもの見慣れた黄瀬になったことに、黒子は小さく息を吐いた。そんな小さな挙動でさえも、今は駄目らしい。びくりと身体を震わせている。
 黄瀬涼太というこの少年は、周りの人間が思っているような人間ではない。そうと知っているのは自分と赤司と、他に誰かいるのだろうか。自分とは比べ物にならない程の交友関係がある黄瀬の気持ちなど自分にはわからないし、特に知ろうとも思わない。だけども自分を曝け出せないというのは幾らか大変なのかもしれない。彼はきっと気苦労するタイプなんだろう。

「僕は、君が今どんな気持ちなのかはわかりません」
「・・・・・・・・」
「でも、僕は君がとても羨ましい」


 できれば自分だって、黄瀬のように彼等の背中を追いかけたかったから。


 ―――しかし、好きという気持ちだけではどうにもならない限界だってあるのだ。




 だから、自分は影を選んだ。




「僕はそれを後悔したことはありません。それを誇らしいとも思います。
でも自分が持っていないものを持っている君が、それをみすみすどうでもいいように扱うのは、少し、妬ましく感じてしまいます」


 無いもの強請りというやつでしょうか。

 ぽつりと言った黒子の言葉が、胸に突き刺さるように染みた。急にぼろりと涙が零れる。あ、と思った時にはもう駄目だった。ダムが決壊したかのように後から後から止まらない。

「ぐ、ぐろ゛ごっぢ〜〜〜!」
「抱き付かないで下さい黄瀬君暑いです」
「ごめんなざい、俺、もっと頑張るっすから!だから、だから嫌いになったりしないで下ざい゛〜〜っ!」
「黄瀬君何だか肩が湿っぽいですけど、鼻水垂らしたりしてないですか」
「好きですぐろごっぢ〜〜!!」
「はァ、僕も別に嫌いじゃないですけど」



 そんな風にさり気無く言われたことにも気付かなかった黄瀬は、少し後になってからその時のことに気付いて真っ赤になるのだが。
 いつの間にやら近くに来ていたとある人物により色々思い出したくないような目にあうので、それに気付けるのはずっと後のことだったりする。














<終>

























「好きですぐろごっぢ〜〜!!」
「はァ、僕も別に嫌いじゃないですけど。それよりも黄瀬君、後ろに、」
「なんスか?って、いうか、アレ?今、黒子っちなんて言」


「赤司君が来てるんですけど」
「・・・・・・・へ?」


 言われた途端、急にぞわりと漂ってきた冷気に黄瀬の全身が凍る。
 何故今まで気付かなかったのか自分。胸倉を掴んでシャッフルしたくなったが全ては後の祭りだった。さらっとした表情でどうもと後ろに挨拶をしている黒子が憎たらしい。けどやっぱり可愛いああ好きッス黒子っち。
 そんな現実逃避をしていることがわかったのかすうと鋭利な刃物のような美声が首筋を撫でる。


「――涼太、今日はまた随分と豪快にサボっているね」


 絶対振り向きたくないような人物に、しかし反射のように身体が硬直する。否が応でも振り向かないといけないという衝動に駆られる。 
 そんなこちらの葛藤なんぞ知らないようで、黒子は自分の腕の中からさらりと答えて下さっているやめてええ黒子っちいいい!!

「赤司君、スイマセン。直ぐ戻ります」
「あぁ、テツヤはそのままじっとしていろ。下手に動いたら綺麗な顔に傷が付いてしまうかもしれない」
「はァ、」

 どういう意味なのかどういう状況にするつもりなのかわかりたくないのに逃げ出したいのに身体が動かずどんな恐怖体験だやだもうなにこれ限界なんスけどおおおおお!!!と黄瀬の臨界点が突破しようかとした時だった。唐突に黄瀬の腕の中から黒子が消え、


「え?」
「さぁ、涼太」



 代わりに涼やかな笑みを浮かべた赤司が出現した。




「おしおきだよ」
「・・・・・〜〜〜っい、いやあああああああああああ!!」



 


 

















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