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小話
2012/05/05 10:12


「あぁ、今の時間なら畑の方じゃないかな」

 汗を拭きつつにこにこと答えてくれた老人に礼を言って軽く頭を下げる。こういった人畜無害の一般人と言葉を交わすなど久々だった。記憶に残っている限りではまだ誰かの保護下にいた頃だったので。
 斜面を下り、首を巡らせる。明らかにこの場に不似合いな子供だった。視線に気付いているだろうに知らぬ顔をしているのが腹立たしい。本来ならば自分で聞くべきことを人に聞かせていた少年は、当たり前の顔をして日陰にいた。まぁ、身分的に言えば別におかしくはない。おかしくはないのだが、納得出来るかと言えば別の話だ。
 今回のことは略家出に近いことに付きあわさせれているのであって、これは仕事でもなんでもなく、寧ろ自分は上に咎められることにしかならないことをやらされているのだ。正直今コイツの言うことを聞く必要などこれっぽっちもない。
 しかし悲しいかな。そう長い付き合いでもないというのに、短期間で染みつけられた上下関係に自分はとても逆らえそうにない。いや、しようと思えば勿論出来るのだが、本当の主である人の大切にしている人物となると、どうしても強く出れないのだった。

 踏ん反り返って炭酸飲料を飲んでいる(因みにこれも当然のように買わされたものだ)、眼付きの悪い子供に声をかける。こちらを見ようともしないことに苦々しく嘆息しつつ、それらしい場所がわかったと言えば、さっさと案内しろとばかりにぎろりと睨んでくる。くそ、なんでこんな餓鬼に・・・・・・!!

 幾度目かわからない苛立ちを抑え込んで、こっちだと示された方に足を向けた。



 長閑な田舎だった。
 一日に一本しか通らないというバスに揺られて3時間半。どれだけ山奥に行く気かと心配し始めた頃についたそこは、小さな集落だった。といってもお隣同士が相当離れている具合なのだが。
 それから更に40分近く。探し人を訪ねて歩きまわり、やっとそれらしき人物の居場所を突き止めた時には随分と汗だくになっていた。それに赤い瞳の子供がちらと此方を見て馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「そんなもん着てんのが悪いだろうが」
「これは仕事の内の一つなんだぶ!」

 好きでこんな糞熱い気候の中をロングコートを着て歩くものか。苛々と言い放つと同時にまだ中身が残っているスチール缶を投げつけられる。近距離から口元にヒットした為、咥内が切れて血の味が広がる。それを吐き捨て、スクアーロは何でこんなことまでしなければいけないのかと、今更ながらに自分の不幸を呪った。 

 仕事を探している時、ひょんなことから知り合った老人に仕えるようになったまでは良かったのだ。
 問題は数年ほど前。
 主人であるティオッテモの息子だという餓鬼の面倒を見るようにと言われたことから、スクアーロは毎日生傷が絶えない生活を強いられていた。
 それが主人の息子を狙う輩から守って受けた傷だったらまだ良かっただろう。しかしこれは全て息子、ザンザス当人から付けられたもので、しかもその殆どが理不尽な八つ当たりのようなものばかりとなれば、嫌気がさすのも無理もなかった。
(最近じゃあ、割と減って来たかと思ってたが・・・・・・、)

 ある日を境に急に癇癪が減った。
 薄気味悪いと言えばそれまでだが、コイツも少しは大人になったんだろうとしみじみと納得していたのだが。
 ザンザスが通っている学校が、休みに突入した途端にこれだ。普通の子供ならば、喜ぶところを何故不機嫌になるのか。


『有り金出しやがれ糞鮫』
『う゛お゛お゛お゛ぃ!!いきなり何言ってんだあああ!!』
『早くしろドカスが』
『ぶへえ!』
 そんなことを考え見張りとして立っていたところ、ドアを蹴倒し、人を潰して傲然とザンザスが言い放ったのが昨夜。
 そして現在、何故かスクアーロは屋敷のあった都会から一転、来たこともない田舎へ引き摺られてきたのだった。



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