2012/02/05 16:27 人を斬る。ということは酷く恐ろしいことで。 斬り払い、吹きだした血が顔面を濡らす。それが眼球にまで散れば視界が悪くなるだろう。その隙に背後から切りかかられたら? 突き立てた鈍ら刀が抜けなくなり、それに手間取っている間に襲撃されたら? 考えたらキリがない。 しかし俺の背中合わせにいる同じく四面楚歌の状態で馬鹿は言った。 何に染められようとも決して眼を閉じてはならない。常に前だけを見ていろと。 俺を馬鹿にしきった顔で見ながら此方に厭味で業と手を差し伸べてきた向かっ腹の立つ奴は言った。 使えなくなった太刀なら直ぐ様捨て去れ、顧みるんじゃねえ。相手の獲物を奪い取れと。 そして遠くで馬鹿笑いをしている阿呆は笑った。 そがんことになったらただ笑っちょけえと。人間諦めが肝心じゃあだと。ふざけんな。 流石に最後のことには抗議をしつつブン殴れば、それでも笑ってアイツは言った。 「おまんが笑っちょる間にわしがソイツを屠っちゃるぜよ」 呆れてものが言えないことばかりを宣うのだ。コイツ等は。 結局はアイツの言う通りに終いには笑っていたのだから俺もただのバカだったんだろう。 しかしこんな奇想天外のアホなんて早々いるわけもなく。 大抵の奴は良くやったなとやんやと初めは騒ぎたてていたが、自分が名を上げて行くと共にやがて静かになっていった。嘗てこの地で、敵将の首を打ち取って持て囃されていた武将と自分は随分と違うらしい。 近しいと思っていた奴の眼からも、それを感じとった時。あぁ、人を斬るということは、酷く恐ろしいんだなあと、知った。 こういう鈍い感覚も、きっと「フツウ」の感覚を持ち合わせている彼等からすれば、忌む原因なんだろう。 「・・・・・・・やっぱ、俺は鬼子らしいわ」 遠く離れた所に逝ってしまった人に話しかけ、小さく笑おうとしたが失敗する。 折れてしまった刀身の、先から流れる血をぼやりと眺め、独りごちた。 「――なんで、俺は人に生まれちまったのかなぁ、」 そうでなければ、こんな感情を抱くことも、なかったろうに。 【 鬼子は唄う 】 comment (0) |