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小話
2021/08/17 01:29

 沢田綱吉は既婚者である。それは芸能界では常識であり、彼に憧れている周りやファンが普段は目を背けている事実だった。
「書類上はね、ちゃんと既婚者だよ」
 ほらと見せられた婚姻届には確かに綱吉の名前が記入されていた。ただし、隣の欄の文字は黒く塗りつぶされている。どういうことかと目で問えば、困ったように曖昧な笑みを返す。
「実際にいる子だからね。迷惑はかけられないよ」
「・・・・・・・」
 やんわりとだが誰なのかは言う気はないと言外に断られたようだった。
「なんだってこんなことをした」
 態々メディアを操作し、虚偽を語ったのか。隠蔽していた方が何かと便利であるしファンが減ることもないだろうに。しかし綱吉の場合は何故か更に急増したというのだから謎である。
「相当疲れた顔をしてたんだろうね」
 役者の癖に、情けない。と言う綱吉は、幼少時からこの世界に身を置いていた。誰もが嬌声を上げるような色気のある男から冴えない少年、人の感情など知らない殺し屋から人を惑わす娼婦の役、純粋無垢な青年まで。性別を問わず演じ、虜にしてきた。
 常に誰かに見られることが普通だった。時折、今笑っている自分は誰なのかとわからなくなる時があるくらい、役に没入する。ふと気が付くと知らない部屋にいた時は流石に血の気が引いたが。
「身体を売ってる少年の役の撮影期間だったんだけど、ちょーっと焦ったなぁ」
「──"柘榴"撮ってた時か」
「そうそう」
 生きる為に男娼となった少年の人生を撮った作品『柘榴』は、今まで好青年や綺麗な役しかやってこなかった綱吉のイメージを覆し、物議を呼んだ問題作だ。実際に濡れ場はなかったのだが、綱吉の凄絶な演技により成人指定になった逸話がある。
 確かにあの時の綱吉は、普段とは違っていて、役柄を演じていない時でさえ危ういものがあった。演じていた少年が憑依していたのかもしれない。
「だから、それでマネージャーが焦ってさ。人を近くに置くって話になったんだよね、俺は当然反対したけど」
「なんでだ。マネージャーと大して変わらないだろうが」
「そうなんだけど。没入以外にも問題あってさ」
「あぁ、ストーカーか」
「ファンの子だってば。応援してくれてるのは嬉しいんだけどね」
 綱吉は熱狂的なファンが多い分、ストーカーにも恵まれて(?)いた。自分こそは綱吉の守護者だなんて思い込んでる分、質が悪いのだろうが。
「だから、ストッパーみたいな役割なんだって説明したって納得してくれないだろうし」
「ツナの場合、男でも女でも騒がれるからな」
「はは」
 共演者が綱吉とのツーショットをSNSに上げようものなら直ぐに炎上。綱吉自身はやっていないので、公式にお願いして取りなすように他の共演者の方とも楽しんでます!と投稿してもらい誤魔化すのが常だ。
「だから、いっその事中途半端に付き合ってるとか同棲じゃなくて、誰かと結婚しちゃおうかってなってね」
「なんでそう極端に走るんだお前は」
 綱吉が入籍したニュースは大々的に公表され暫く阿鼻叫喚の騒ぎとなった。自殺者や過激なファンが暴れるのではないかと懸念されたが、意外にもそういったことにはならなかった。
「株が暴落するどころか異常に急上昇したのはお前だけだろうな」
「あー、あれだけはよく分かんなかったなぁ」
「入籍の記者会見のコメントの所為だろうが」
「え、普通だった気がするけど」
 前代未聞のコメント内容だったのだが、今は何も言うまい。不思議そうにするのを放っておきながら紙を摘む。
「それぐらい守りたかったのか、コイツを」
「この子だけだったからね。変わらずにいてくれるの」
 笑顔でいる綱吉に、疲れているのかと尋ねたのは一人だった。変わらずにいてくれるのも。
「何で俺じゃダメだったんだ」
「そりゃあ、お前が俺のファンだからだよ。第一、話したのも今日が初めてだろ?えーっと、」
「リボーンだ」
「そう、リボーン」
 熱心に注がれる視線には身に覚えがあった。何度か見た顔。
「試写会とか、スタッフに紛れ込むのはまぁできるかな?初めは気にしてなかったけど」
「いつ気付いた」
「マンションで見かけた時だね」
「あぁ、あの時か」
 流石に不自然だったかと悪気なくしれっとしている男は、ちょっと信じられない位に美しい顔をしていた。均整がとれた身体も無駄がなく、嫌味なく纏っている服も高級で、全てが完璧だった。
(なのに全く印象に残らないとか。擬態が上手過ぎなんだよな)
 事情を知らなければ役者の世界へ勧誘していたかもしれない。黒いのにどこか妖しく赤みを帯びた瞳は、この部屋に入った時から変わらずに綱吉だけを見つめている。
「お前の演技に俺は惚れたんだ」
「役者冥利に尽きるよ」
「お前自身に真底陶酔している」
「熱烈だね、ありがとう」
「お前が欲しい」
「映画館だけじゃなくて家でも観て欲しいな」
「だから排除したいんだ、コイツを」
「ごめんね、それは聞けないお願いなんだ」

 
 あと、今更だけど家の中で土足は御遠慮願えるかな?
 
 
 
 
 
 
 
 
【 愛憎相半ばする 】
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 帰宅したら知らない男が普通に居間で寛いでいた。
 警察案件かなぁでも撮影立て込んでて眠いし早く帰って欲しいから会話でどうにかなんないかなと考え、綱吉は先ずは自然に笑いかけた。
「いらっしゃい、今日はどうしたの?」
 
 
 
 
 
 
「いや!笑いかけるなよツナ!!」
 我慢出来ずにディーノは思わず突っ込んだ。
 彼にとって愛すべき守るべき存在である沢田綱吉は、この業界ではかなりの実績と実力を持つ役者だった。仕事となれば心配になるほど物語の世界に吸い込まれてしまう、危なっかしい所もある。演技には妥協しない癖にそれ以外は適当というか気にしなすぎるきらいがあるので、ディーノは常日頃から綱吉をよくよく見ていた。のに、これである。
「えー?ストーカー役の心理に役立つかなって打算もあったし、お互い様かなぁなんて」
「不法侵入者にお互い様も何もねぇだろ!大体お前は自分の魅力に無頓着過ぎるんだよっ」
「まぁまぁディーノさん、落ち着いて」
 はいお茶と差し出された笑顔にうっかり心臓がやられそうになる。くっ、今日も無邪気な笑顔が最高だなおい!
 胸を押さえるマネージャーに白けた視線をやりながら、当たり前に綱吉の隣でふんぞり返っている黒い男が鼻を鳴らす。
「お前も似たようなもんだろが」
「俺は一定距離は保ってたしツナの許可なく勝手に家に入ったりしてねぇよ!」
「発信機取り付けたり常に監視してたら同類だろ」
「お、俺はツナが変な輩に危ない目に遭わされてないか心配で!」
「世間じゃそれを監視とかストーカーっつーんだよ」
「お前にだけは言われたくねぇ!」
「あはは、二人とも俺のファンなだけなんですよね。ありがとうございます」
「・・・・っ、ツナ、お前ってほんと天使だな!可愛い俺の弟分!」
「ツナに触んなきしょい」
「おっ前、ホント変わってねぇな!?」
「あ、ところでさリボーン。お前、俺のボディガードやる気ない?」
「はぁ!?ちょ、ツナ!?」
「やる」
「おー、やったー」
「ツナ!!」
「リボーンて俺の熱烈なファンしてくれてただけあって俺より俺に詳しいんですよね。つまり行動パターンとかも理解してくれてる。予測不能な行動した俺にもきっちり対処してくれると思いません?おまけに変装の名人で殺しも得意みたいなんで、俺が拉致されるの事前に防いでくれると思うんですよね」
「・・・・・・・俺だって、ツナのこと他の奴らよりもずっと理解してるし、愛してる」
「わかってますよ。だから俺のマネージャーは貴方にしか任せられないんです、ディーノさん」
 
 いつもありがとうございます、と綱吉はにっこりと笑った。
 
 
 
 

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