mm | ナノ



小話
2013/10/14 01:07

※※フィーリングで読みましょう※※
※※暗い・死にネタ※※
※※リボツナパラレル※※







 死神のような男だった。



「―――よう、俺はリボーンだ」


 にいと口端を上げる様はぞっとするほど妖艶で。喪服にしては妙に派手な印象を受ける黒いスーツを着ていた。服装だけではない。男が纏っている雰囲気、瞳や髪の色素まで、全てが黒く塗り潰されていた。やっぱり悪魔に似ているかもしれない。などと初対面だというのに随分と失礼なことを思った。
 そんなアホみたいな考えを読んだのか、くっくと笑い声が聞こえ、綱吉は慌てた。流石に失礼だ。母か、それか父親の知人であろう人なら、先ずは部屋に通すべきだ。
「えっと、じゃあ、とりあえず中に」
「必要ねぇ」
「は」
「お前、アイツの息子か」


 酷く綺麗に微笑した男の瞳が、うっすらと赤く光った。




* * *




 いるかどうかも判然としない存在だった。
 そう、まるで俺のクラスの立ち位置と一緒で。いなくてもいても同じ。何も変わらない。

 綱吉にとってはそんなものだった。己の父親というものは。




「死んだ?」


 いつ?どうして?いやそもそも、



(それ俺に関係ないんじゃ)



 思わず言いそうになった言葉は流石に飲み込んだ。
 俺にとってはどんなに気薄でどうでもいい存在だったとしても、母からすれば大好きな人だったのだろうから。ここは何も言うまい。俺も人の子だ。
 嘆き悲しむかと思いきや、母は笑っていた。ちょっとぼんやりしているな、と思う時はあったが、大丈夫のように思えた。
(ま、元々年中いないようなダメ親父だったし)

 愛想を尽かしていたとしても無理はない。



 淡々と事務仕事のように手続きも葬儀も終え、自宅でやっと一息ついた。
「あ、そうだ。客間」
 招待していた人の部屋を片付けていなかった。億劫ではあったが遅らせればそれだけ面倒になる。立ちあがって廊下へ出た。

「あれ、母さん?」
 襖を開いた。視界に入って一番に眼に映ったのはまだ喪服のままの母だった。先に風呂に入って休むよう言っておいた筈なのに。
 こてんと頭を柱に預けるようにして寝ている。疲れたらしい。
 母は年の割に少女のような容姿の女性だった。それが密かな自慢でもちょっとした自分のコンプレックスでもある。なにせ自分と母はそっくりなのだ。多分髪を伸ばしたら自分は母と大層似ていることだろう。癖毛という点で大分見劣りはするだろうが。
 すうすうと寝息を立てているが、このままだと風邪を引く。抱えて布団まで連れていってもいいが、如何せんそんな力も情けながらもないし、着物のままというのもきっと辛いだろう。可哀想だが起こすしかない。
「母さん」
「・・・・・・ツッ君?」
 そっと肩を揺らそうとする前に、呼び掛けただけで奈々は眼を醒ました。幼い容貌に益々拍車がかかっている。
 ふと、見慣れた筈の母の顔に、綱吉は少しの違和感を覚えた。何故だろう。
「えっと、そのままだと、風邪ひくから。着物だけでも脱いで横になりなよ」
 わからないが、布団位なら持ってこれるからと言えば、奈々は少し笑って首を振る。
「いいのよ、有難うツッ君。そろそろ起きなきゃって思ってたとこだったから」
 その母の笑顔に綱吉はギクリとした。そこで理解をする。今更目尻と、瞼が微妙にだが腫れているのに気付いた。
「う、ん。じゃあ、・・・・・・片付けとか、は俺が、やるから」
 さっと顔を逸らして、背を向けた。妙に心臓が鳴った。後ろで何か母が言っていたがよくわらからなかった。多分礼のようなものだったと思う。
 襖の静かに閉まる音で、無駄にせかせかと動かしていた手を止める。座布団が手から落ちた。

(・・・・・・・・・・泣いて、た?)



 母の表情なんて、笑顔と笑顔と、時々嗜めるようなものしか見たことがなくて。
 だから、泣く、だなんて想像もしていなくて。
 

 いつだって、笑っていてくれる気がして。



「・・・・・・あ、」






 その時初めて、母はとても父を愛していて、母も死ぬことがあるのかもしれないのだと気付かされた。

 それから一ヶ月後。奈々は後を追うようにして息を引き取った。
 事故だったらしいが、詳細はよくわからないままだった。周りで煩く喚く大人の声が鬱陶しい、ただそれだけ感じていた。涙は出なかった。















 あぁ、なんだ。と、男は納得したような顔をした。

「お前、アイツの息子か」
「アイツ?」
「沢田家光」
「え?」

 作り物のように綺麗な顔の男の口から、ずらずらと父の情報が目の前に並べられた。一応は息子である綱吉ですら知らないようなことまで細部に渡って。
 鈍い綱吉でも理解ができた。これ程情報を知り得ているなどおかしい。あり得ないことだった。妙に乾いた舌が動かしづらい。
「なんで、そんなこと、知って」
「それにしても似てねえんだな。お前は母親に似たのか」
「・・・・母さんを知ってるの?」
 絡まったような問いを無視し、男はあくまで普通に言うので、綱吉は聞き返した。それには男も軽く頷く。
「あぁ。ターゲットの妻だった女だからな」
「・・・・・・・は?」
「まさか息子がいたとは知らなかったゾ。上手く隠してたんだな」
 言葉が上手く理解出来ずにいたが、それに含まれた意味に、流石の綱吉も気付いた。
「お前が父さん、を?」
「仕事だったからな」
 さらりと返した男に綱吉の脳裏に突然奈々の顔が過った。血の気が引く。
「・・・・・まさかお前、母さんまで」
「やっと最近居場所が知れたからな。初めてのミスだったんだ、覚えてもいるさ」
 男の言葉が上手く耳に入ってこなかった。ガクガクと壊れたぜんまい仕掛けのように揺れた。思うようにならない、なにも。
「・・・・・やる、」
「なんだ?」
「ころして、やる」
 ぶちりと小さく、何かが裂ける音がした。ぱたた、と口から滴る。それが血らしいと、どこか冷めたところで眺めながら、綱吉は眼前の男を網膜に焼き付けるように睨みあげた。
「殺してやる・・・・っ!」
 それから訳もわからない声を上げ、綱吉は男に襲いかかった。
 しかし男は少し避けただけで背後を取ると、首筋に手刀を落とした。くたりと綱吉が崩れ落ちる。
 泣き腫らした瞼を閉じた子供を床に転がした男は、暫くじっとそれを見下ろしていたが、やがて何事もなかったようにふいと姿を消した。











 眩しそうに、愛しそうに眼を細める。

「―――奈々」
「久しぶりね、リボーンちゃん」

 大切なもののようにそっと呟かれた名に、女性は柔らかく微笑んだ。
「リボーンちゃん。どうしてあんな嘘をついたの?」
「俺が家光を殺したのは事実だからだ」
「うそはついちゃダメよ」
「・・・・・・・・」
「ふふ、貴方は嘘が下手ねぇ」
 そっと頬に触れる。
「・・・・・・・一流のヒットマンの俺に、そんなことを言うのは、お前等だけだゾ」
「あらそうなの?」
 私には年相応の男の子が苦しそうにしているようにしか見えないけれど。
 奈々が笑う。そうだ、何時だってこの人は笑うのだ。こんな時でさえ、愛する人を殺した暗殺者にでさえ、変わらずに。
「・・・奈々、何度も言うが、家光は・・・・俺が、」
「リボーンちゃん。それは違うわ」
「・・・・・・」
「家光さんは言ってたもの。自分がいなくなった時は、自分が仕事で失敗しちゃった時だって」
 誰のせいでもない。全ては他人の命を奪って生きて来た者の末路。
 だから、

『自分を呪うな、友よ』

「でも、俺が此処にいなければ、アイツはきっと、」
「でもそうすれば、きっと。貴方がいなくなっていたんでしょう?」
「・・・・・・・・」
「短い間だったけれど、私は貴方と仲良くなれて、お話出来て。嬉しかったのよリボーンちゃん。それに、私ね。あの人にあの時の自分を見られなくて良かったと思うの。私が元気に笑っていられたから、いつもあの人は笑顔で家を出れていたから」
 お見送りも出来ないような奥さんはいただけないもの。
「貴方に会えてよかったわ、リボーンちゃん」








 アイツに嘘を言ったのは。そうすれば、生きようとするだろうから。
 憎しみで、俺を殺そうという気持ちさえあれば。生きるだろうと。



(随分とぼんやりした餓鬼だな・・・・・、)

 二人の子供だとわかったのは、毎度の如く自慢で写真を見せられていたから。
 それと、


「お悔やみを・・・・・、」
「あ、はぁ」

 ぺこりと頭を下げる。
 喪主席に鎮座しているからという簡単な理由からだった。

 


 姿を見せるつもりも、名乗るつもりも。ましてや話すつもりなんてなかった。
 自分には見届ける義務があると思ったから。
 二度と話すことは叶わなくても、最期を看取ることは出来なくとも。

 灰になる、その一瞬まで。
 

 でも、






「・・・・・・・ッさん!!」




 

 誰も、何も物もなくなった部屋だった。
 押し殺したような声の後は、堰切ったように止まらなかった。



「母さん母さん母さん母さん・・・・・ッ!!!うわああああああああ・・・・・・ッ!!!」


 
 
 そいつの存在自体が崩れ去ってしまうのではと思う程の慟哭だった。




 ひとりは寂しい、ひとりはいやだ
 
 だれも気付いてくれない、だれもいない

 おれを知ってるひとなんて、もう、ひとりもいやしないのだ





(・・・・・・・・・・ッダメだ、コイツは、)







 一目見て、これならば勝手に生きるだろうと思っていた。勘違いをしていた。
 安心していた。

 あの二人の子供だからと。






(コイツは、きっと。後を追う・・・・・・!!)






 絶望しか含まれないような嘆きを聞きながら、必死に頭を巡らす。
 ないか、何かないのか。コイツがこの世に留まりたいと強く願うような事は、物は、人は、

 何かないのか!!



 
 ただひたすらに叫んでいる子供の過去を覗き見る。
 たった数秒にも満たない短い過去。
 
 どれもこれも、母親と、本の数ページの父親の記憶しかないもので。

(・・・・・・・・・・ッ!!)



 ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!

 頭を掴んだ。揺さぶる。
 考えろ考えろ!

 その天才と謳われたちっぽけな脳髄で考えろ!!
 

 巡る脳内の文字と数字の羅列。映像。
 どれもこれも現状の何にも役には立たない。

 畜生畜生畜生!!

 後で叫んだままの子供と同じく叫びたくなった。本当に必要な時に使えないなんて無価値過ぎて情けなくて吐き気がした。



 俺には何も出来ないのか!!




「く、そッ!!」



 両手で床を打ちつけた時だった。



(・・・・・・・あ、)



 そうだ。



(理由が、ないなら、)




 作りだしてしまえばいい。
 





「・・・・・・・・・・だれか、いるの」




 自分の中の悲鳴と同じに背後の叫びは止まっていた。



 きし、と啼いた床の音と一緒に、ふらとやつれた顔がこちらを覗く。濁った琥珀と眼が合った。




「―――よう、俺はリボーンだ」







 俺がお前の存在意義になろう。








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