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小ネタ
2013/05/06 08:20



「ちょっとやめて下さい!」
「なんだよ減るもんじゃないじゃん、慰めろよー!」
「冗談じゃないですよ!なにが悲しくて僕以外の人間を想って泣く君を慰めなきゃいけないんですか」
 そんな自虐趣味はありません!と突っぱねる骸にけちー!と綱吉がぶんむくれる。子供のような仕草がよく似合うが彼はもうそんな歳ではない。見た目だけなら不自然でないことか恐ろしいが。立場にしてもそうだ。配下のものが見たら一体誰かと眼を剥いただろう。普段彼が繕っている外面を知っていたら尚更だ。嘗ての家庭教師の苦労が偲ばれる。
 執務室を訪ね、振り返った綱吉の瞳から光るなにがしかが零れた時点で引き返せばよかったのだ。しかし相変わらずそれに弱い骸の身体はびしりと固まった。当人と一部の人間にしかわからないような機微の変化しかないのだが。
 しかしそれを狙ったのか、ただの考え無しか。綱吉は骸を視界に入れるなり突撃した。それはもう涙と鼻水を撒き散らした不細工な顔で。それにハッとしてから骸は飛び退いた。ずべん!と結構な音を立てて綱吉が扉にぶち当たる。ぎょっとした警護の者が声をかけてきたくらいだった。これでマフィアのドンというのだから世も末だ。
 そんなことを言えば喜んで今でもぽいとその立場を投げ捨てそうな男が恨めしそうに見るので、骸は端正な顔に不機嫌に皺を寄せた。
「酷い男ですね、僕の気持ちを知っていながらそんなことが言えるなんて」
「俺だったら好きな人が、俺のこと好きになってくれなくても。必要としてくれたら、うれしーけどな」
「そんなの虚し過ぎますよ」
 僕は後免です。骸はぷいと顔を背けた。
 彼の言っていることは生産性のない、無意味な行為だ。一時の充足の為に後からまた傷をえぐってしまえるなんて、骸には出来なかった。
「君のやっていることは自傷行為だ」
「ん、わかってる」
「これだからマフィアは嫌いなんです」
「知ってる」
「……」
 でも、それでも貴方が恋しいと、こちらを向いて欲しいと未だに願っている自分は一体何なのか。骸は不愉快そうに顔をしかめた。
(相当な自傷中毒者だ)

「骸?」
「…なんですか」
「俺、お前のこと嫌いじゃないよ」
「ーーーそうですか」
 というより、なーんか嫌いにはなれないんだよね。綱吉がぼやく。ずっと変わらぬ澄んだ瞳で。時偶呟くのだ。本当に酷い人間だ。
「だから後免な」
「……何故謝るんです」
「お前のこと一番好きって言ってやれないから」
 どれだけ上からものを言っているのか。気に食わない。骸は綱吉が気に食わなかった。昔からずっと変わらない。ちらとも此方を見ようともしない。それが酷く感に触った。それだけだ。だから思わず腕を伸ばして、何時まで経っても小さな、ずっと変わらない体躯を引っ張ったこの行為にも意味はない。
 なのに抵抗もしない、わかっていたというような顔をしていることが気にくわない。歯牙にもかけられていない存在だということを、改めて思い知らされたことに苛立った。
「ーーー貴方が、嫌いだ」
「そっか」
「嘘ばかり吐く」
「そうかもね」
「適当なことばかり言って、へらへらと笑って」
「うーん、そう?」
「大嫌いだ」
 子供のようなことを言う。なのに綱吉を包み込んだ腕はちっとも緩まないのだから。綱吉は困ったように小さく笑った。
「ならそろそろ離して欲しいな」
「…なぜ僕が君のことを聞かなければならないんです」
「だって、この状況。おかしーだろ」
「……」
 あーあ、と声を出して逃げ出す気もないのか。ポスンと体重を後ろにかけ、綱吉は骸に寄り掛かった。今なら容易く首を掻き切れるだろう。別に構わないというように無防備だった。胸の前で交差された男の腕にそっと触れる。
「俺達ってさ、似た者同士だな」
「………一緒に、しないでください」

 すげー、自傷中毒者。

 へらっと笑って見上げてきた逆さまの顔が、また見れなくて。骸はただ鼻面を綱吉の首筋に埋めた。
 一緒なものか、一緒な訳がない。
 片想いな筈な癖にそんな満たされたような顔をする。
 君が腕の中にいるというのに、それが逆に虚しさを増している。

 そんな君と僕を同列に扱うなんて。

「あんまりでしょう……」
「……」

 消えかかったような、震えた声に。綱吉は聞こえない振りをした。 
 血も涙もない。そんな立場にいてもまだ、そこまで鬼にはなれずにいたので。



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