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小話
2013/02/03 00:01

 
 アイツを見ていると、時々 よくわからない不安に駆られる。



 言う程長い付き合いでもない。何せ中学の試合で一度あっただけの、僅か31分程の邂逅。その後はたった数カ月部活を通して知り合っただけだ。どういった性格で何が好きかも詳しくは知らない。興味もない。バレーに関することでないなら意味がない。
 だが時折見せるその表情に、ぞわりと全身が粟立つ。咄嗟に尋ねそうになった。


 お前、誰だ。



 しかし強張った口が動く前に、アイツはうわ言にように何事か呟くと、それから必ず此方を真っ直ぐに見据えて俺を呼ぶ。
 


「――・・・影山、もう一回」



 迷いのない、濁りのない、澄んだ瞳。
 まるで暁のような眩しいそれに、俺は何故か安堵を覚え、どうしてそんなことを思ったのかと妙な気分になって、誤魔化すように顔を顰めてから返すのだ。





「当たり前だ」





 我ながら不貞腐れたような可愛げのない声だということに、アイツにはわからないように少し笑った。









 
頂の景色を贈る









 置いて行かれてると思うなんてどうかしてる。

 努力は惜しんでいない。常に邁進していると言ってもいいだろう。やり過ぎだとか理想が高すぎるだとか。色々と言われているのは知っているし自覚もしている。独善的なコートの王様。そんな皮肉を擦り付けられて、結局は独りになった恐怖。今でも忘れられなくて、またそんなことをしてしまうのではないかと身体が拒否をしそうな時も有る。でもそれでも、足りないのだ。
 もっと早く、もっと正確に、綿密なボールを。最高打点にボールを置くように。それが自分の役割であり誇りで存在意義にも繋がる。
 俺はバレーに生かされている。
 大袈裟だと馬鹿にされてもそれが事実で今の影山の全てだった。

 でもそれが崩れつつある。
 そんな気がしたのはアイツと出会ってからだった。初めは馬鹿な、負けん気が強いだけの奴だと思っていた。正直言って邪魔だった。
 でもアイツは喰らいついてきた。

 ド下手糞でも体格には恵まれていなくとも、それを補って余りあるような驚異的な瞬発力と機動力。


 そして何よりも、諦めないという、不屈の精神。
 枯渇するような渇きにも似た、貪欲なる勝利への餓え。


 口にしたことなどないが、自分でさえ時々圧倒され、呑まれそうになる。
 ライバルとも相棒ともいえない、よくわからない距離感。それが時々もどかしく、煩わしい。苛々としたよくわからない感情が犇めき合う。
 普段はただの単純馬鹿なのに、豹変するようにして、変わる。別人のような雰囲気を纏い、場の空気を全て操るような、魅力。眼を奪われる。その表現以外にないような、強烈なる存在感。


『お前の一方的なトスなんて、誰も受けねーよ』


 そんなことを言われた自分に、絶対的な信頼を持って、飛び込んで来る。
 

『お前のトスがあるからだ』


 そんなことを正面切って、恥ずかし気もなく言える。
 だから、俺は、いつからか、それに見合うような存在になりたいと、願うようになっていた。
















「影山?」
「・・・・・・・・・・」


 珍しいなお前がぼーっとしてんなんて。
 ぱちくりと、興味津津といった様子でこちらを見上げている。手にはペットボトルが二本。先程負けた日向が買いに行ったものだった。



 小さな巨人。

 矛盾しているような、嘗て烏野にいたエースの呼び名。
 それに憧れバレーを始めたと言う、少年。

 でも自分にとっての憧れの対象は、烏野のエースであったという彼ではない。恐らく、この物凄く面倒な、絶対に素直になんてなれない自分の性格から、一生口にすることはないだろうけども。



「うっせーよ、万年ぼっとしてるお前に言われなくない」
「はぁ!?」


 折角人が心配してやってんのに!とぎゃんぎゃん騒ぐ日向から業と奪うようにペットボトルを受け取る。
 あっそうじゃあ自主錬はお前しないんだなと言えば、簡単にぎょっとしてそんなこと言ってないだろと焦ったようにする。
 本当に、素直で単純。
 勝手に顔が緩んでいたらしく、それに気付いて面白くなさそうに口を尖らせていた日向は、それでも直ぐににっと笑って言う。


「影山、勝負しよう!」
「二人で勝負もなにもねーだろばーか」
「いーんだよなんでも、取り敢えず体育館までダッシュな!」
「あ、おい!」

 

 笑って、俺を呼ぶ。



「影山、早く!」
「―――だから、わかってるっての」



 お前が呼ぶなら、いくらでも上げてやるよ。
 口には出来ないけども、全ての感情をボールに乗せる。跳ね上がる。





 陽の光のように眩しく笑うアイツに、今日はどんな頂の景色を贈ろうか。





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