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小話
2012/11/23 17:35



 ムッちゃんが好きで好きで好き過ぎて、ムッちゃんが嬉しい楽しいと感じる存在でさえ好きで、ムッちゃんが好きな人が出来てもムッちゃんが幸せだと感じるならそれだけでもう自分も幸せになれた。それの異常性に気付いたのは確か高校の時くらい。
 あれ、これって俺絶対結婚も出来ないんじゃない?と思ったけれど、ムッちゃん以外を今更好きになるとも思えなかったし、俺にとってムッちゃんが全てだったから、ムッちゃんが俺を見てくれる可能性がないなら仕方ないと思えた。だって他でもない、ムッちゃんが決めたことだから。
 自分が幸せに出来るならそれが最善だけれども、それは自分にとっての最善であって、押し付けの幸せは幸せじゃないから。ムッちゃんが俺に告白されたとして。それだけでムッちゃんはきっと悩む。今まで自分がしてきたのろけがどれだけ俺を傷付けてきたのかと自己嫌悪になる。実際はただ俺はムッちゃんが笑顔であることだけで良かったのに。

 そんなことを考え生きて来て、知られるのも不味いよなあと、ちゃんとムッちゃんへの好意を隠していなかったのが不味かったのかもしれない。
 ある日ムッちゃんが凄く怖い顔をして待ち構えていた。

「ふざけるな」

 閉口一番。こんなに怒ったムッちゃんを見たのは久しぶりだった。殴りあいをした時以来?いやでもあれは直ぐに収まったし、ぶっちゃけあんまり覚えてない。ただムッちゃんを殴った嫌な、砂を口にいれて噛んでしまったような不快感だけが残ったから。
 でも、こんな風にムッちゃんが怒っている時は、大抵が俺の為で、それが俺は逆に嬉しくて、にやけてしまうから益々ムッちゃんを怒らせてしまう。
 しかし、今日のムッちゃんはそんなことも許してくれそうになかった。凄い迫力だ。きっと普段のムッちゃんしか知らない人が見れば声も出ないに違いない。それ位にムッちゃんは今怒っていた。俺に対して。
 段々と俺は悲しくなってきた。ムッちゃんが俺にこうやって怒ってくれるのは嬉しい。でも理由もわからないとなると、やっぱり悲しくなってくる。どうしたらいいのか。せめて理由でもわかればと思うのだが。

 ちらと自分を見て来た日々人に、六太は強張った表情を崩しもせずに、やっと言った。


「お前、俺が好きなのか、日々人」
「・・・・・・・」

 脳天を思い切り殴られた気がした。まさか、今そんな言葉が出てくるとは思っていなかったから、心臓が止まるかと思った。いつかバレる時が来るとしても、それはまだ先の筈で。
 二人してよぼよぼのおじいさんになった時にでも俺は昔ムッちゃんが大好きだったんだよと言えればいいなと考えていた。それにムッちゃんがちょっと眼を丸くしつつも知ってると言って皺苦茶になった顔をさらにくちゃくちゃにさせて笑う。俺も笑う。なんて幸せな未来。
 ムッちゃんの一番になれなくたって、いつだってどんなになったって俺はムッちゃんの弟でムッちゃんは俺の兄ちゃんだということは変わらないのだからと、安心していた。それに、もし、知られてしまっても。ムッちゃんは優しいから、きっとわからない振りをしてくれる。泣きたくなるような優しい嘘を吐いて笑ってくれると思っていたのに。

「・・・・・・ムッちゃん、あの、・・・・俺、」

 なのに、こんなに怒る程にムッちゃんは嫌だったのか。そうわかってしまうとむちゃくちゃに泣けてきた。悲しかった。拒否というものがどれだけ辛いか。想像しただけでおかしくなりそうだったのに。実際に今そんなことになりそうな現実があって。膝を付いて泣いて謝りたかった。

 ごめん、ごめんねムッちゃん。もう好きだなんて言わないから、好きになってくれたら幸せだろうなぁなんて夢みたいなこと考えないから。
 

 だから、だからお願い、



「・・・・・・・どうか、・・・・俺を、嫌いに、ならないで、ムッちゃん」



 ぼろぼろと泣いた。
 
 ひたすらに泣いた。

 いつもだったら、そんなわけないじゃんとか当たり前でしょとか笑って流せた筈なのに。
 ムッちゃんは優しいけど厳しい。そんなバレバレな俺の嘘なんて吐かせてくれない。そんなことしたらそれこそ一生許してくれなくなる。それがわかったから俺はひたすらに謝った。

 

 子供のように泣きじゃくる日々人に、やがて六太がはァと溜息を吐いた。びくりと日々人の肩が震える。そんならしくない弟に、六太はもじゃもじゃした頭を掻いた。


「あのなぁ、日々人。お前勘違いしてるだろ」
「・・・・・・・かんひがい?」
「うわ!ひでえ顔だなまた」

 顔を上げた日々人の顔から色々と出ている液体にぎょっとして、慌ててティッシュを取って拭いてくれる。それはいつもの六太だった。
 呆れたような、仕方ないなという兄の顔。それに日々人はほっとした。

「むっひゃん、ほこってないの」
「誰がむっひゃんだ」

 ったくイケメンが台無しだとぶちぶち言いながら乱暴に日々人の顔を拭ってやる。言いながら、六太は言葉を探しているようだった。

「あのな、日々人。お前、俺のことが好きなんだって、なんで言わなかった」
「・・・・・・・・・・いや、言えるわけないでしょ」
「うっ、まぁ、そうかもしれねーけど」

 流石に酷いとじとっと見やる。言えてたらとっくに言っている。
 それに世間体などを気にする自分の為だとわかっていた六太は気まずげに眼を逸らすが、直ぐにまた日々人を見る。
 自分が大好きな綺麗な、漆黒の瞳。いつだって星空みたいにきらきらしていて、日々人はそれが自分だけに向けられていることに幸せを感じた。

「日々人に、その、こ、告白されることが。不幸せだと誰が決めた?」
「・・・・・・え?」

 六太はまた少し怒っていた。それは昔から勝手に全てを決めてしまう日々人を嗜める時の兄の顔で。

「勝手に俺の幻想作って勝手に自己満足の世界に浸ってんな」
「・・・・・」
「俺がお前の気持ちにどう答えるのかは俺が決めることだ。お前がそれを勝手に決めるな。勝手に決めて勝手に全部諦めて、俺の幸せだけを願ってるだ?バカにすんな」
「・・・・・」

 立ちあがった六太の顔は真剣そのもので、昔から変わらない。自分がずっとずっと追いかけて追いかけて。やがていつからか諦めてしまったもの。


「俺はお前の何かを恥だと思うことなど絶対にない。例えお前でも、そんなことするなんて俺は絶対許さないからな」
「・・・・・・・・・・ムッちゃん、」


 同じく立ちあがった日々人は、お願いがあるんだ、と震える声で言った。


「だきしめても、いい?」
「・・・・・・・」

 すると六太はまた呆れた顔をして、次に苦笑した。

「ばか、兄弟なんだから。一々そんなこと聞かなくていいんだよ」
「・・・・・・・・むっちゃんっ!」
「おわあ!」

 飛びかかるようにして抱き付いた日々人に押し倒される。バカみたいに何度も何度も自分の名前を呼んでいる。泣きじゃくって縋るように呼ぶ。
 なんだかいつも自分は日々人に振り回されているなぁと思いつつ、六太は日々人の背中を撫でてやった。気の済むまで。泣きやむまで。ずっと傍にいるからと安心させるように。














「落ち着いたか?」
「・・・・・ん、」

 腫れぼったい眼を擦り、こくんと頷く。その様子が何だか幼くて六太は噴出した。やっぱり日々人は幾つになっても可愛い弟だった。
 じゃあいい加減いいだろうと肩に手をやりちょっとしんどいと言えば、素直に置き上がって六太を引き起こす。おお、素直な日々人とか久しぶりだ。
 いつもであれば、何故か意地になってもどかないのに。
 コーヒーを入れてくると自分が傍から離れても、前のようにべたべたと纏わりつかない。何だか大人になった気がしてほろりとした。

「ほら日々人」
「ん、ありがと。ムッちゃん」
「ん?」
「座って」
「あぁ」

 素直に隣に腰を降ろそうとすればそっちじゃないと、自分の太股を叩く。

「・・・・・え、」
「だからここ」

 俺の膝に座ってというので、やっぱあんまり変わってねーなと顔を引き攣らせつつ嫌だときっぱり言えば、今度は眼を潤ます。

「ムッちゃん、嫌なの?」
「うっ」

 まるで餌を我慢させている時のアポにうるうると見つめられているようで、良心が痛む。散々唸った結果、諦めて六太は渋々と日々人の膝に落ち着いた。それにニコニコと日々人はご機嫌に六太の入れたコーヒーを飲んでいる。重いだけのおっさんを乗せてなにが楽しいんだか。

「楽しいよ」
「は?」
「今ムッちゃん何が楽しいんだコイツとか思ったでしょ」
「な、なんでわかったんだ」

 エスパーかと六太が引けば、ムッちゃんの考えてることくらい直ぐわかるよと笑う。

「だからね、もし。もしもの話だけど」
「?」
「ムッちゃんが俺のことを好きになってくれたら」
「おわ!?」

 六太の脇にひょいと手をいれ持ち上げると、自分と向かい合うようにして、日々人が六太を見上げる。
 何が起こっているのかと理解する前に頬を挟まれすいと唇を近付ける。


「――直ぐにわかっちゃうからね、俺」
「〜〜〜なっ!」


 ぺろりと舌を出して、ご馳走様とにやっと笑う。
 一気に跳ね上がるようにして飛びのいた六太は、余りの事に口元を押さえて真っ赤になった。

「じゃ、おやすみムッちゃん」
「おいい!日々人、待てよお前!」
「え、一緒に寝たい?俺としては大歓迎だけど」
「誰が寝るか!!」


 ムッちゃんのけちーとちょっと不満気な顔をして、でも次には最高の笑顔で笑いかける。

「大好きだよムッちゃん」
「〜〜〜〜〜!!」


 此処まで幸せそうな顔をされては何も言えない。わかっているだろうに、俺の弟は何て卑怯な奴なのか!
 結局何も言えずに、ずるずると座り込んだ六太はあー!ともじゃもじゃした頭をわしゃわしゃと掻きまわした。なんでこうなったんだ!






 それは誰に聞いていいかもわからない質問で、唯一答えてくれそうな弟は、螺子が一本外れたような回答しかくれなさそうだった。







<おしまい>
















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