「画面ばかり奇麗だね」
 退廃美という奴。
「グロテスクですが」
「嫌い?」
「気分の良いものではありません」
「消そうか」
「いえ、大して見ていないので」
「おれもだよ」リモコンに手を伸ばし、音量をひとつだけ下げる。「そうか、途中で止められるんだ」
「テレビが?」
「決定権をさ、肥大して、何通りかの有限の組み合わせだけど」

 死に瀕する主人公に反してCMが挿入される。血色の良い女性がシャンプーの紹介をする。自動車保険とサラ金と電話会社の広告を挟む。ザッピングしようにも番組数には限りがある。音量の調整と席を立つオン/オフと画面を見る/見ないスイッチが触れることの出来る選択肢としてそこにある。大して多くもない有限通りの組み合わせを自由と呼べるのかは、まあ、でもどうだろう。まだ厳密な問題には至っていないだけで、まだ触れていないだけだ。

 同行する生存者は物静かで端正な顔立ち。意味深長にこの土地の伝説を披露する。『神は怒っている。土地を穢され汚水を流されたことに。この地は千年の古から神聖なる中庭だった』
『水が奇麗だったのね。それを人間が工場に……』
『人間がそこで何を作ったかご存知? ここに来るまでに真っ白な花が水面に咲いているのを見たでしょう? あれはね、このあたりだけに自生しているクロウフットの仲間。それは神聖な花、神の花園。水の奇麗な処にしか咲かないわ……でもそれはね、強力なアルカロイドを含んでいるの。ねえ、人間は何をしたと思う?(哄笑)幻覚剤を生成していたの、この工場で! 神の花を摘んで土地を穢し、快楽のためのまがいものを作っていたのよ。どうかしら? ほら、辺りにも咲いてない? あんまり近くに寄り過ぎない方がいいわ……花だけであてられちゃうかも知れないもの……』

 主人公、めまいに倒れる。ほくそ笑む同行者。CMの挿入。この物語は終わってもいないのに来週の放送の紹介。
『ニューヨークの摩天楼で引き起こされる連続猟奇殺人、その殺意は感染し、第一発見者が連鎖して次の殺人を犯していく……正体不明の殺意の伝染に人類は打ち勝つことは出来るのか!? マッド・フローレン監督、エルフリード・ロゼット主演〈殺害ウィルス〉次週放映!!』
 正直言って飽きている。

「だいたいお話というものの起源ってどれぐらいのものなんだろうね」
「神話?」
「どのぐらい昔のものかな」
 彼が、端末で検索をかける。「メソポタミア神話、紀元前三〇〇〇年」
「エジプトは」
「同じく、およそ紀元前三〇〇〇年」
「じゃあきっともっと古いな。文字伝達の前に口承の物語りがあっただろう」
 お話の続きが始まる。
「これはセンチメンタルみたいなもんだけどさ」
 少女は異形の神の術中、あの生存者は神の巫女を名乗り、見えざる神の膝元にうっとりと身を寄せる。水中に無数の人骨が沈んでいる。
「人がお話を作り始めてから今に至るまで一体何人お話の中で死んでるんだろうな」
 惨殺、悲劇、偶然、自死、墓標の登場、遺体の発見、ゴースト、○万人の犠牲者、数字に封じ込まれた死者。
 巫女が辺りに散乱している髑髏を手に取り撫ぜる。
『なにかを失った怒りは、失ったものと同質以上を奪わないと癒やされないの。あなたとわたしが最後の贄……きっとまた神は長い眠りにつくわ。あなたが尊い犠牲になれば、この悲劇はおしまいよ』
「奪うって、横取りされて失われることを差すんじゃないか。盗まれることだよ」
 刃が迫る。辺りに絡みついて咲いた例の白い花。
「あの本は失ったの、奪われたの?」
 やや間があく。「貴方はどう思うんですか」
「お前はどうなんだよ」
「貴方は、はぐらかす」
「それでどう思う」
「僕は判断を下したくない」

 巫女は発狂的に笑い出す。その場を逃げる主人公。花が足に絡みついて転倒する。怪物の鎌が迫るが間一髪で回避、刃を突き立てられた花が人間のように甲高い悲鳴を上げる。通路へと逃げる主人公。巫女が顔を上げるとその目鼻口から透明な水が溢れ出す。瞳孔が開いている。
「マーライオンか」
『今更どこへ逃げようっていうの? あなたを殺してわたしも死ぬんだから!』
 逃走劇のつづき。刃は鋭利過ぎて、時に壁をも引き裂いていく。金属の擦れ合う音。上がる息。切迫するBGM。『贄の準備は整った。穢された花の数だけ罪なる魂を天に捧げていくの。あなたで最後。清らかな娘の身が新たな花のよりしろとなる。あなたが土となりこの地に──』
「消そうか」
「どちらでも」映画自体にもその選択にも大して興味がなさそうだった。
「惰性で眺めるくらいなら席を立った方がいい」
 巫女の叫びを遮って電源を落とした。
「続きなんてきっとこうだ。主人公追い詰められる。廃材でごちゃごちゃした広場で、ボロい屋根の隙間から月明かりなんか差している。あなたで最後と執拗に言っていた巫女は、主人公の目の前で、そいつに鎌で両断される。血肉が鎌に付着して奴の身体が目に見えるようになる。月明かりに照らされて一瞬おぞましい姿が見える。絶体絶命で逃げ回って腰抜かしてると廃材の山が崩れてくる。序盤のホームレスの仕業で、廃材をくぐりながら二人で工場の外に逃げるんだけど、相手はまだ追ってくる。ギリギリで工場を抜けだして主人公とホームレスは胸をなでおろす。ホームレスは元工員の生き残りか何かで独自に怪異を調べてた。振り返るとただでさえ廃墟だった工場が魔法が解けたみたいにますますボロに朽ち果てていく。登場人物たちは皆花の作用でずっと幻覚を見てたって奴。工場の辺りは湿地帯で、水溜まりに月が映り込んでいる。一件落着ぶじ生還と見せかけて最後に不穏な動きがある。水溜まりの中に奴の影が映るとか、主人公の服に花が生えてるとか、主人公が何か不敵な、取り憑かれたような含み笑いを見せて、おしまい。スタッフロールは途中で切られて、次週の紹介と番組ホームページの紹介。次の番組はテレビドラマの再放送……」
「出てたんですか」
「何」
「今の映画に。あの役で」
「んなバカな」投げ出していた足を組み直す。「デタラメだよ」
「作家だったんですか」
「何が」
「よく短時間で思い浮かびますね」
「いったいそれがどうなんだろうね」

 テレビを消したために現れる静けさ。だからといってどうもしない。宛てがわれたBGMなどこの世には流れない。あるのは誰の意にも反した環境音のみ。
「誰も上手くいかないと思わないか」
 同意を求めてはいない。
「おれもあんたも為政者も本当の希望は叶えられないでいる。いつだって何かが足りず届かない。気付けばまるで違う所に妥協点を見出している。時々我に返る。こんな筈じゃなかったとまでは言わなくても、ためらい、疑念、騙されているような気がしている。こういう風に言えば病名を与えられた時以上にきみはどこか落ち着く気持ちになると思う。きみはもう失われているんだよ」
 彼は指先を眺め時間を持て余している。「その」と言葉を発するための前置きがあり、
「貴方の闘争状態に加担し切ることは出来ない」
「真に受けてくれればいいんだよ。真に受けたあとに信じたりバカにしたりすればいい」
「正直言って貴方はわずかに狂っている」
 目を合わせない。
「同等にきみもそうなんだろうね」
 黙りこんでお茶で唇を湿らせる。
 大丈夫。沈黙は決して冗長には陥らない。
「まあ」、「ライフラインだけは提供します」
「それでいいんだよ」伝わらなくても笑う。「それとありがとう」


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