50801


 状況は良くありません。とっても嫌な予感しかしません。交番に駆けこむのが一番安全だと思うのですが、こんな夜遅くに一人でいることを咎められるのは面倒です。私服だったら、まだ問題は少ないでしょうが、私は今制服です。この制服自体は学校指定制服ではありません。けれど、学生である事を知られたり、学校に知られるのはやっぱり嫌です。という訳で私は夜道を、何とか巻けないものかと小走りしているのですが……。

 気配からして、駅前からのトレンチコートの男性は、まだ私の後を付けています。コートの下にズボンを穿いていません。恐らくその下も。四月とはいえ夜はまだ冷えるのに、よくやるなと感心しますが、現在私は当事者であるから、悠長な事を言っていられない。おまけに、私には行かなければならない所があります。そこにこの人が付いて来ると、とても不都合。

 今晩、ある人と待ち合わせをしています。ただし正式な待ち合わせではなくネット上での約束だから、行っても誰も居ないかもしれない。不安定な約束。居ない九割、もしかしたらが一割。
 そして待ち合わせた相手が善人であるかも分からない。ひどい悪人かもしれない。何せ「悪霊」を名乗っているのだから。待ち合わせの場所、公園に行ったら、私は悪霊に殺されるのでしょうか。取り憑かれて頭がおかしくなるのでしょうか。死ぬのはまだ嫌だけど、何故だか、それでもいいかなと思います。殺されるなら珍しい方法で殺されたい。霊に殺されるのならちょっぴり面白い。

 悪霊の存在を信じつつも、私は悪霊を信じていないのでした。どうせ全てはデマであり、公園へ行っても誰もいないであろう事を、私は知っています。だから悪霊に殺されるなんてありえない。ありえないから、悪霊に殺されたら面白いんです。99%以上の安心と1%未満の最悪が欲しい。

 だから、“可能性のある”不審者は、嫌いです。

 いつの間にか私は夜道を走っていました。ふと前方に、ぽつんと灯りが見えます。人気も遊具も無く、さびしい公園。あの公園です。
 私は真ん中にある、たった一本だけの街灯の下に立ちました。この公園の灯りは、これと、自動販売機と、トイレしかありません。四方は木に囲まれ薄暗い雰囲気です。悪霊のうわさが立つのもおかしくないような陰気臭さ。いや、うわさではありません。私が今から彼に会えば、うわさでは無くなるから……。そんな、わずかすぎる期待。走ったせいで息は切れて、頭が少しぐらぐらします。そういえば、あの男が居ません。

「celestaちゃん?」

 突然、後ろから呼ばれました。男の人の声。振り返って、愕然としました。

 だって、居たのは、さっきの男だから。

「驚いた? ボクが“悪霊”だよ。本当に来てくれるとは思わなかった。celestaちゃん」

 嘘だ。じゃあどうして、さっきまでストーキングしてたんですか。本物の悪霊だったら公園にしか居ないはずです。

「ボクはホンモノの“悪霊”だよぉ。驚いて声もでない?」

 違う。絶対に違うのに、何でそんな嘘をつくの?

「どうしたの、せっかくcelestaちゃんが会いたいって言うから来たんだよ? それとも今更怖気づいたぁ? それは無いよねぇ?」

 男は、片手でコートのボタンを外しながら、じりじりと迫ってくる。

「そうだよ。こんな夜遅くに、女の子が一人で人気の無い所へ来ちゃったんだから。この意味分かるよねえ? celestaちゃんの自業自得だよ?」

 逃げたい。逃げたいのに、怖くて足が動かない。

「celestaちゃんはボクに会いに来たんでしょ? 悪霊に会いに来たんだよねえ?」

 男は、目の前に立ちはだかっています。下半身は、見ない。嫌だ。気持ち悪い。

「悪霊って、つまり悪い霊だよ? 無事におうちに帰れるとおもってたのぉ?
 オレは、楽しみに、してたんだからさぁ……」

 嫌だ。違う。嫌だよ。だってこの人、ただの人間だよ。こんな簡単な可能性だなんて。こんな、ただの変態とだなんて、嫌だ。こんな可能性に従うのは嫌。

「celestaちゃんはわざわざ来てくれたんだ。それ相当の“覚悟”は、出来てるよねえ?」

 軽率だった自分に嫌気が差します。世の中はバラ色じゃなくても、緑か紫色くらいで、可も不可も丁度いいと思っていたのに。肝心な時でさえ声の出ない自分も嫌いです。
 そして、この期に及んで、私は誰かの助けを信じている。夢を見すぎている私がいます。――


prev | next back / marker

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -