「そんなこと、あったんですか」
「celestaはそんなことは一言も書かなかった。現場に行ったら>>1に痴漢されたなんて、言えないだろう?」
「スレ主……悪霊に?」
「その男が自首してきたんですよ。その日」
彼女が語るはずがない。そんなこと。
「そいつが言った。今日ネットで女の子と会う約束をした。その公園で。確定だろう?」
僕はかすかに頷くばかりだった。
「約束通り何も知らないcelestaは来た。彼女も無鉄砲だった。独りでやって来て、まんまと男に襲われかけた」
高田は一言一句噛みしめるように、celestaをもわらうように、僕の知らない話をする。
……襲われかけた。
「襲われかけた。しかしそこに、ホンモノが、現れた」
「本物?」
「その、公園にいるという“なにか”がね」
……悪霊。
「証言によると、悪霊は男の声で、celestaの目前でスレ主を蹴っ飛ばし、正直血祭り寸前までしたあげく、スレ主は命からがら逃げ帰った」
「それじゃ、その後celestaは」
「それは分からない。悪霊とcelestaがどうなったのか。彼女はその件は一切書き込まなかっただろう? “それ”が女性を襲った例はまだ無い。しかし性犯罪は泣き寝入りのパターンが多いから、本当の所は分からないよ」
言うべきことが分からなかった。
「ホズミ君、彼女を心配してるのかい? 僕は独りで夜中に出かけていった彼女の自己責任だと思うけどね」
「それは、確かにそうですけど」
「とにかくcelestaは帰ってきて、まず掲示板に報告を入れた。しかし彼女は“それ”のことは一切触れなかった。それどころか公園へ行くなとまで書いた。彼女はそうして姿を消した。
おかしいと思わないかい? 全部近所の人のいたずらだなんて言って。書きたくないんだったらはじめから『悪霊には会わなかった。>>1はガセ』で済むはずだ。彼女はわざわざ、それこそ、口裏を合わせたかのように発言した。『全部イタズラだし、ポタージュ様はもう止めるから、公園には行かないでください』と」
「口裏合わせ……誰と」
予想がついているくせに僕は尋ねる。聞きたくなかった。聞きたかった。
「本物の“悪霊”と、だろう」
「……もともと、関係があった訳じゃあ、ないですよね」
「そうだろう。あの場所で、celestaと悪霊ははじめて出会い、なにがしの交渉があったことは確かだ。同盟を組んだのか脅されたかは知らないが、恐らく今も続いている。彼女をかばったことで弱みを握ったのか。それとも好意からかは分からない。
しかし彼らは徒党を組み……その証拠に、celestaが蒸発してから、同時期に、悪霊も公園から姿を消した!」
警察官というだけでここまで情報を掴めるのか、と、僕は圧倒された。そして。
恐怖感といかりも覚えた。
「ホズミ君」
改めて名を呼ばれた時にはもう最初の『高田さん』の姿は無い。居るのはほのぐらくわらう男の姿だった。
「僕たちも徒党を組まないか? 彼らはグルになっているというのに、僕らがバラバラというのは分が悪い。向こうは真相を隠そうとしている。ならば僕たちは真実を見極めようじゃないか。彼らのヴェールを引き剥がすんだ」
「……どうして、僕なんですか。僕なんてただの高校生ですよ。期待されるようなことなんて、何にも持っていません」
大嘘。僕はきっと、celestaに唯一つながっている。
それをこの人には言っちゃあいけないと思った。
きっと彼女を傷つけるって思った。
「まあ、もしも進展があったら、連絡をくれよ。ゆくゆくは奴らを捕らえよう。真実を晒すんだ」
奴らと呼ばれた中にcelestaも含まれている。
でもこんなに内奥の話を聞いて協力できない訳がない。僕はうやむやに頷いた。彼女のことは沈黙して。アドレスを交換しあった。仕方なしに本アドを渡した。
ばれてはいないかと急に心配になった。僕がVIIIIだということ。彼女と連絡をとっていること。K缶の頃から、あんたに好意を抱いてないってこと。
パトロールの途中だった、と高田氏は坂を下りていった。僕はまだここに残ると言って別れた。ひとりで冷静になる時間が欲しい。
「……ああああ!」
崖の上から叫んでしまった。
誰も居ないって寂しい。昨日の朝の寂しさを思い出す。あの時は、でも、心地よくもあったのに、今は猫も居ない。僕はたったひとりで行かなければいけない。
高田に味方する気はない。しかし“それ”の正体は知りたい。でも、と、まるで踏ん切りがつかない。
僕はcelestaにまだ打ち明けていない。本当に聞きたいのは悪霊の話で、あなたは誰で、そこで何があったのか。でもそれを話したらきっと今の関係は破綻する。それを聞くことは彼女への裏切りじゃないかと思う。僕ははじめから裏切っていたくせに、今更裏切ることがこわい。
初めから崖なんて来なければよかった。昨日目覚めた時から何かが破綻してたのかもしれない。何に怒りをぶつければいいのか分からない。僕? celesta? 公園の幽霊?
どこか違うところに落ちていくようだった。
何者かによるいやがらせをも疑う。
僕の過ぎた妄想を、荻原に笑って終わりにされたい。
夕暮れの空の下、誰もいない高台に、しょうもない高校生が独り、始まったばかりの苦難に頭を抱えている。きっと絵になる構図だと思う。もし僕が主人公なら、誰か小説にでも書き起こしてほしい。
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