act.2 day&dream
Good Morning-1b
"Invisible"
まどろみの中もう夜明けが近いことに気付く。目を開ける気はしない。時間を確かめる気もしない。けれども瞼の向こうが青みはじめている。屋根無しの生活は自然と太陽に鋭敏になる。それは今日明日の気候が命取りの生活だから。さいわい今の季節は昼も夜も過ごし良い。……寝返りでもうちたい気分だ。背中が硬い。しかしおれが居るこのベンチには寝返りうつ程幅の余裕は無い。寝る為に設計されていないからだ。妥協して腕の位置をかえ目を塞ぐ格好をとる。自作の暗がりにほのかな安心を覚える。とにかくもうひと眠りしていたい。わずかな温もりに甘んじていたい。せめて六時までは「ホ――、ホケキョ。」……屋根無しの生活は寛大だ。そもそも侵入者の概念が無い。鳥のさえずりを聴いて目覚めるとは、風流と言えば風流だ。疲れ切った現代社会にいかがですか。鳥の声で目覚めるとはロマンチッ「ホ――、ケキョッ。」……うるさいな。朝っぱらから。こっちはまだ眠いんだ。ちょっと向こうに行ってくれな「ホ――――、ホケキョ。」「ツツピーツツピーツツピー」「ピィ――ヨ、ヂュンヂュン」お前別の鳥だろ。便乗しやがって、今何時だと思って「ホ――、ホケキョッ。」……今何時だと思っ「ケキョケキョケキョケキョケキョケキョケキョケキョ……」
「――う、うるせえぇ!!」
とうとう怒鳴り散らして目が覚める。ただどんなに怒り心頭に発してもお話の通じる相手ではない。しかしそれにしても近所迷惑(ただし、その点に関して自分を棚に上げることはできない)。
「ホ――、ホケキョ。」
少し遠くへ飛んでいったらしい。姿は見えない。さっきまで、恐らく、ベンチに寝ているおれには気付かず、ほとんど耳元で騒いでいったのだろう。鳥にさえ気付かれないのかと思うと何か不健全な一人笑いがこぼれてくる。言いようも無く生ぬるいやるせなさに苛まれる。仕方なさというのは本当に仕方ない。
ベンチから身体を起こし伸びをする。ついでに両手を空にかざし、いつも通りであることを確認する。その手で腕、膝、首筋から顔にかけて触り、脈拍とか体温、自分の姿を確かめ、深呼吸する。普通。普通ではないのにいたって普通だ。これではじめて安心する。まだ、自分は存在している。ここまで朝の動作を済ませてしまうともう眠る気にはなれない。
空は紺色に変わりはじめているものの街灯はまだ灯り薄暗い。肌寒いし夜と言って通じる時刻だ。鳥自体はだいたいこの位から鳴き始めるけれど、こんなにうるさいのは今日が初めてだった。
「ホ――、ホケキョ。」
まだ鳴いている。交番の方に移ったのかな。
「ホ――、ホケキョ。
ケキョケキョケキョケキョケキョケキョケキョケキョ……。」
よく息が続くものだと思う。それと、早朝はボリュームを一つ落とすといい。
「ホ――、ケキョ。」
これほどの大音響なのに姿はまるで見えない。声ばかり聴こえる。それが少し気になり、ただ単純に姿を見てみたいを思った。(できることなら、とっちめたい。)公園を出て声を追ってみることにした。こういうことが前にもあった気がする。小さく咳払いして声を整え、夜明けの街へ、歩いて行く。
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