『いると 思ってた』
少女は喋れないのだろうか。尋ねたが、彼女は愛想良く微笑むばかりでイエスともノーとも分からない。そしてノートをもう一度見せた。
「いると思ってた……誰が?」
恐らく僕の隣にいるだろう、ザムザが声を上げる。少女は声の聴こえた方を指差す。
「――え、おれ?」
ひどく驚いた様子である。興奮気味にザムザは尋ねる。
「あの、もしかして、おれのこと見える人?」
しかしその問いに少女は首をかしげた。つまり見えないらしい。透明人間は落胆した。
少女は携帯電話を取り出し、僕に画面を見せた。市の非公式掲示板らしい。最新のトピックが表示されている。
『××公園 悪霊だけど何か質問ある?』
「何コレ!?」
不意にザムザが携帯を取り上げた。彼女の携帯電話が宙を浮く、その光景を少女は大変に感心した風に眺めていた。ザムザも、別の意味で携帯に食い付いていた。
「何だよこれ、誰が悪霊だって? 誰がコーンポタージュだってえ? 何でこんなに広まっているんだ? おれは好きでポタージュばっか飲んでるんじゃねえ。一体誰がこんな事を!」
彼に任せても進展しないだろう、
「さっきの男でしょう」
僕は携帯電話を奪い返し続きを読んだ。そして画面を
- 28:celesta
今夜会いに行ってもいいですか?
で止め、少女に見せた。
「この、セレスタというのが貴女ですね?」
少女は頷いた。
「そして悪霊を名乗ったのが、先程の男」
少し首を傾げつつも、少女セレスタは頷く。
「あの男は悪霊に成りすましただけの愉快犯だった。初めから出会い目的で書き込んだのかは分かりませんが、貴女の書き込みを見て行為に及ぼうとし、序でに罪を本物の悪霊に着せようとした。企みは成功するかと思われたが、そこに“悪霊”本人による邪魔が入った。まさか本物の悪霊が居ると思わなかった男は恐怖し逃げ帰った……あらましはこうでしょう」
「おれは幽霊じゃない!」
ザムザが不服げに叫ぶ。
「もうポタージュ様で定着してますよ」
「だっせえー!」
『× ポタージュ様?』
彼女はノートに問いかけた。
「ああ……ええと、おれは幽霊じゃなくて、透明人間。ついでに、名前もザムザって言う」
『ざむざさん 透明人間』
不可視の存在を彼女はごく自然に受け入れたらしい(そもそも彼女は幽霊を目当てに来たのだから、今更透明人間だろうと変わらないのだろう)。そう書き込んでから、今度は僕を指差し首を傾げた。
「帆来です」……『ほらいくん』
セレスタは頁をめくり新たな一文を書き加えた。
『どうするの』
「どうすんのって、何を?」
セレスタは携帯電話を開いた。そして再び掲示板へアクセスする。本当はザムザに見せたいのだろうが、画面を僕に見せた。
「何か掲示板利用者に言いたい事はあるか……と言う事ですか」
「……透明人間アピールしても、それで見物客が来るのは嫌だからなあ……。
最初に書き込んだ奴はニセモノで、そもそもここに幽霊は居ないから、公園には来るなって書いてもらえればいいかな」
OK。とセレスタはジェスチャーした。
気付けば既に日付が変わっている時刻だった。
「あ……そういえば、時間遅いけど大丈夫? ご両親は心配してないかな?」
間髪入れずにNOのジェスチャー。驚いたが、すぐに『海外』と付け足しがあった。ザムザは拍子抜けしたようだが、
「いや、でもまた帰る途中に変なヤツに会ったりしたら……」
『ザムザさん 強いから OK』
「そういう意味じゃなくて……」
セレスタは、中々に強情らしい。
『今 ひとりでいるの 怖いし』
『せっかく会ったから仲よくなりたい』
末尾に花の絵を添え、彼女は笑った。僕達は顔を見合わせ(たのかは分からないが)ベンチに腰を下ろした。
そう言えば本来の酒盛りを果たしていないことに気付く。本来の? 僕の本来の目的は「ザムザ」を暴く事ではなかったか。僕も知らぬ間に、理性の上では疑っているつもりでも、ごく自然に透明人間を受け入れていた。何も言わず缶を差し出す。持たれる力を感じ、缶が浮き上がる。透明人間への手渡しは難しい。
「お前、まじで冷やしてきてくれたんだ? 冗談かと思っていたよ」
「冗談が分からない人間なんです」
「いや、別に悪い意味じゃないよ……帆来くん、本っ当に良いヤツだな」
つられてセレスタが笑った。彼女自身も、怪異と言えば怪異だ。彼女は立ち上がり、自動販売機で缶コーラを買って来た。つまみの品を広げる。缶コーラにスルメは合うのだろうか?
「それじゃあ、……“新しい友人”に向かって……乾杯!」
透明人間は騒がしく缶を掲げた。喋らない少女はスルメを手ににこにこと微笑む。深夜の公園、ささやかで奇怪な宴会。そして僕自身も奇怪なる一員であることは全く否めない。
しかし昨日と違うのは、まあ、それでもいいかと思っている所である。
ちびりと呑んだ後、何とはなしに木々を見上げた。一本だけの不十分な街灯に、まだ葉の付かない枝が照らされている。その中に、ただ一本だけ、
「桜が……」「え、どこに?」
セレスタが指差す。枝の先にやっとほころび始めたような花。
「花見、ですか」『少しはやめ』「風流じゃん?」
たまには、悪くない。
幕