エヌ君はどうしているのだろう。

 先輩の引退試合が終わって、三年は受験に集中する時期になった。エヌ君も今頃は受験勉強だろうか。エヌ君は優秀そうだから僕がどんなにあがいても入れないような大学にもすいすい入ってしまうのだろう。
 エヌ君はどんな高三になってどんな大学生になりどんな社会人になっていくのか。分からない。僕は小五のエヌ君しか分からない。僕が小四のときに出会った小五のエヌ君。真っ黒い髪、うすい目をしていて、僕よりひょろひょろで弱そうだった。

「エヌ君て覚えてる?」
「前、田舎で遊んだ」
上京した兄にメールしてみようと思ったが、止めた。当時中学生だった兄とエヌ君はあまり関わりなかった。そういえばイトコの陽次もエヌ君と特別に親しいわけでもなかった。あの時エヌ君の友達だったのは僕だけだった。そしてエヌ君の秘密を教えてもらったのも多分僕しかいない。

 宅地の合間に水田が広がる、うちの近所。風が吹き抜けて僕の汗を冷やしていく。そして風に乗って一匹のアカトンボが飛んできた。

「エヌ君」

 アカトンボに僕は呼びかけてみた。当然返事は無い。一斉になびく青田の上をジグザグに飛行する。ふっと、稲穂の中からもう一匹のアカトンボが飛び出した。二匹は互いに追いかけあっている。どっちがどっちか分からないが、オスとメスだろう。エヌ君にも恋人がいるのだろうか……やはり想像できない。小学五年生のエヌ君しか僕には分からない。

 携帯が鳴る。穂奈美だった。簡単にメールを済ませる。穂奈美にエヌ君の事を話しても理解されるはずがない。穂奈美は、兄も、陽次も、他の友達も、エヌ君とは全く違うタイプの人間なのだ。そして僕も。僕もエヌ君にはなれない。

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