シャボン玉のような淡い眠気がパチンとはぜて、対話の均衡が音もなく崩れた。
 現れた三人目は明るい灰色の染髪で、雨で肩や膝を濡らしていた。読書家の青年に詰め寄ると、青年はおどけて首を傾げる。とうとうと語りはじめる二人はどうやら親しい間柄らしい。

「傘が無かったんですよ、仕方無いじゃないですか。それよりどうして僕の居場所が分かったんです? ストーカーなんですか?」
「ふっざけんな向こうのブックオフ二軒回って居なくって駅前の本屋も回ったけど居なかったからあとはここしか無いって走ってきたんだろうが」

 灰色の髪の迎えの彼は全くの無駄足を踏んだらしい。この逆運が“希望”なのか。

「どうせならアイの迎えが良かったです、なんでコクリなんですか暇人ですか」
「ごちゃごちゃうるせえな傘無い癖に、お前の世話で忙しいんだよもう、帰るぞ!」
「あの人も、傘無いんですよ」

 知らない事情の会話の中に不意に僕が指名され、困惑と疎外感を覚えた。彼らの視線が僕を射す。

「えっと……」

 どなた? と染髪の青年は僕ではなく彼に問う。

「雨宿り仲間ですよ」

 灰色髪の彼ははじめて僕を認めたらしい。僕は言うことも無く会釈した。

「ああ……ごめん、こんな奴と付き合わせちゃって」

 と青年を顎で示した。君には言われたくないと青年が言うのを染髪の彼は気にも留めない。

「傘、無いん……?」
「はい」
「迎えは?」
「無いでしょう」と言いながら、気遣われていると察した。
「別に、駅までなら走って帰れますよ」

 やんわりと否定したつもりだったが、やんわりとした否定というのは、この手の人間に逆効果らしい。
 曰く、

「いやいや、この道結構車通り激しいし、駅まで地味に距離あるし、そのコートいい奴っぽいから濡れたらなかなか乾きにくそうだし……」
「何とかなると思いますけど」
「俺、こいつの分にって傘二本持ってるし。使ってよ、絶対そのコート、クリーニング代高いから!」

 捲くし立てて僕達を一階へと連れて行った。階段を下りる青年は「コクリと相合傘なんて、僕はアイと一緒が良い」と知らない人名を交えて不平を漏らし、「ああもう、ツツシはもうちょっと慎め」と染髪の彼が苛立つ。僕が話していた彼がツツシで、染髪の方がコクリというらしい。
 肩をすくめたツツシという青年が、歩調を落とし、最後尾の僕に合わせる。

「ね、お節介でしょう? こちらの手が届かないところで、どんどん介入して来るんです。僕らの全く見えない所で、どうすることも出来ないうちに、どんどん話が進んでゆく……」
「聞こえてるぞ」

 前方の彼が振り向きもせずに言う。

「やだなあ、コクリのお節介さなんて今更論じるまでもありませんよお」
「だから慎むことを覚えろツツシ!」

 傘立てには宣言通り二本の傘があった。
 正直に言えば傘の借りは願ってもないことだった。後日返しに行くと告げたが、染髪の青年は「そんな、高いものでもないし」と否定する。しかしツツシが隣駅だと告げて、返却の予定を取り決めた。話が終わっていない、と言って。
 染髪の彼には聞こえぬように、ツツシという彼は少し低く囁く。

「希望、です」と目を細める。

「散々僕らを困らせといて、いつも溺れるぎりぎりの所で浮輪を投げてよこすんです。希望というのは残虐で無意味な癖に、こうやって気まぐれに救いを与える。とてもお節介だと思いませんか?」

 それが、今の情況だった。

 コクリが傘を広げる。男二人で入るにはどうしても肩が濡れるだろう。
 希望のお節介に甘んじて、僕は傘を借りている。
 駅までの道を同行した。雨滴が傘を不連続に叩きつける。日が傾き、ひんやりとして、空気が青暗くなりはじめる。

「本当のところは、どうなんです?」

 向こうの傘から青年が問いかけた。濡れることも厭わぬようだ。

「“僕に理解出来ないもの”って、何ですか?」

 打ちつける水滴が心地よかった。何の話だ、とコクリがツツシを怪訝に見た。
「そうですね、」と僕は考え込む振りをした。

「理解出来ないとは思いますが、うちには透明人間が居るんです」

 何とも奇妙な響きだった。

「本当ですか?」

 振り返った彼がとても悪戯っぽく尋ねる。僕の答えは素っ気ない。

「秘密です」

 しかし、僕もお節介なのだろう。


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return / 0208 written by.yodaka
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