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プールに無理矢理に放り込まれ、流されもがき溺れかけたのち、やっと今這い上がってきた。扉を開けたのはそんな形相のずぶ濡れ男だった。時刻はもう深夜、嵐の夜を歩きとおした彼の目は少しぼやけている。

おかえりと言いかけてザムザは止めた。あまりにみすぼらしい相手に掛けることばが見つからなかった。「……大丈夫か?」一応心配だけはした。「いいえ」かわいそうな程ずぶ濡れな同居人の目は死んでいた。

度重なる稲光と雷鳴に帆来くんは肩をすくめた。「この嵐ですから、傘もさせない」「ささなかったのか?」「さしましたけど」靴下を脱いでも水の足跡が付いていた。「雨もひどくで傘が機能しません」ネクタイを緩める手も声も疲弊でいっぱいだった。

とにかく入浴したかった。驚くほど体(と心)が冷えている。真直ぐ浴室に向かう彼を「タイム!」透明人間は引き留めた。それが嫌がらせに思えたらしく、帆来くんは目に見えて不機嫌に「何ですか?」「セレスタ入浴なう」「……は?」

「帰るのがもう面倒になったみたいで」「また僕は自分の家の床で寝ればいいんですね」疲労のせいか、なぜだか自虐的になっている。「代わろうか?」「いいですよ、どうせ硬い床ですよ、僕は」面倒臭いなあとザムザは思った。

そうこうしてる間に湯気のおまけ付きでセレスタが居間に戻ってきた。すっかりやつれた帆来くんを見て彼女も驚いた。『いじめられたの』「気象にいじめられちゃったんだよ」『かわいそーに』ちょっとだけ馬鹿にされた気がした。彼は早々に浴室に篭もった。

完全に室内着に着替えた帆来くんは、カウチに倒れこんだのち動かなくなった。「なんでここで寝ちゃうんだよ。お前自分の部屋で寝ればいいだろ」「貴方は公園で寝ろ」彼はザムザの正論を一蹴した。風呂上がりでもなお疲れが残っている。

『私どこでねたらいい?』「……家帰って下さいよ」『ぬれたくない』彼女は持参の枕を抱いている。まだ雷鳴が響いて窓枠が揺れた。マンションの廊下も水たまりだったことを思い出した。今晩は止みそうにない。伏せていた目を上げ、帆来くんは自身の甘さにため息吐いた。

「僕の布団使っていいです……」セレスタは喜びおじぎをした。ふと今更、彼の髪型が解けていることに気がついた。ただの単純な短髪だったが、『こっちの方が、普段より、かっこいい』 反応は無かった。たった今、完全に電池が切れた。

セレスタとザムザは(多分)顔を見合わせた。『壮絶』「マジのお疲れだ」『おつかれ様』彼女はそのメモを枕元に挿した。そして帆来くんのベッドを借りた。「おやすみー。って、もう床確定かよ」しかし屋外よりは百倍もマシだ。雨は止まない。海でも出来そうだって思った。



(あれ……ソファで寝てたのか)昨夜の記憶は薄い。気が付いたら眠っていたらしい。寝ぼけ眼で席を立つと、「ぐぇっ」踏んづけた感触とともに鈍い音がした。「何で床で寝てるんですか」「……だいたいおまえのせいだよ!」

  * * *

ツイッターで突発的に書いた掌編。その日は大雨だった。

2011.Jul.31 : 文字

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