口×煙草
世の中の皆さん勘違いしてもらっちゃ困るが煙草って言うのは一種の職業であって俺達は日々勤倹に働くサラリーマンだ。給料はもちろん払われるし、残業だってもちろんある(残業手当は出ないが)。つまりはそこら辺にいるおっさんと何も変わらない。もちろん満員電車にだって乗る。
最近仕事がない。
仕事がないというかむしろ俺達は迫害されている。
人体に有害だとか良くないだとか悪影響を及ぼすだとかとりあえずものすごく酷い事を言われている。
その所為で俺達の働ける場所はごく一部に限られ図書館やショッピングモール、飲食店などでは一部立ち入り禁止。入れたとしてもクソ狭い中でギュウギュウ詰めにされる。世の中世知辛い。
というか、もうこの際世界の皆さんに分かっていただきたいのだが、俺達煙草は恐ろしいほどに厳しい勤務内容のもと、身を粉にして死に物狂いで働いているのだ。
一日十二時間以上の過剰労働なんか毎日のようにあるし、勤務中の私語は厳禁、一回目のお客様に理不尽に文句を言われることなんてざら、あろうことか時折犯罪にまで巻き込まれる。未成年は吸っちゃダメ―!営業員ほんと何してんの…!迷惑すんの俺らだから…!
「君達ってさ、煙草っていうと聞こえはいいけど有体に言えばただの援助交際が組織化されただけの集団だよね。」
「………………………。」
目の前の妙にきらっきらしたイケメンが酷く軽蔑した眼差しで俺を見ながら馬鹿にしたように吐き捨てる。下唇を鋭く噛まれて電流が走ったようにそこだけが鈍く痺れる。
言いたい。すごく文句を言いたい。いたいけな勤労青年に何たる侮辱!黙ってろクソニート!と声の限り叫びたいがそれはもう完全なる私語だ。というかそんな事言った日にはクレーム付けられて首飛ばされても文句が言えない。
憤りを抑える俺の唇を舌でゆっくりとなぞりながら、その妙に赤い舌を口内に戻したイケメンがまたしゃべりだす。何なのかこいつ。返事の無い相手に話をするのがそんなに楽しいか。返事がないからいいのか。
「毎日毎日不特定多数に唇ちゅーちゅー吸われてぺろぺろ舐められてさー、皮膚組織の再生間に合うの?実は毎日少しずつ削れてて定年退職する頃には唇無くなってたりしない?」
しねーよ馬鹿が!ちゅーちゅーぺろぺろだと!?そんな優しい客いねえよ俺の所の顧客は大抵素行荒いからガリガリされるか唇通り越してうなじらへんまで吸いつかれるか最終的には地面に頭擦りつけられるかだわ!無論お前がその筆頭だけどな、常連め!
「あーあー、ねえ、今日は何時までいられるの?泊ってく?」
男の言葉にこくりと頷く。白々しい奴め、2ダースも買いやがって当分俺はお前につきっきりだよ、一体何の悪夢。
男が噛みつくように俺の唇を食み、顔の角度を僅かにずらして、あの血の色のように赤い分厚めの舌で俺の口内をずるりと撫であげる。暫くの間ぐちゅぐちゅと空気を含んだ水音を立て、男はゆっくりと唇をはなし、ひいた唾液の糸を断ち切るように俺の顔をステンレス製の銀のテーブルに押し付けた。ぎりぎりと力の限り頭を圧迫され額が擦れて断続的に痛みが走る。
「今日も良かったよ。まあ、相変わらず味は値段分だけって感じだったけど。」
「…ご利用ありがとうございました。またのご購入を、お待ちしております。」
くたばれこの屑野郎。
201105251316