Unconditional | ナノ


▼ 4.sky high(脱出法)

リヴァイがナマエと合流したのと同じ頃、ビルの入口ではジャン、サシャ、コニー、ミカサが戦っていた。

抗体を持つエレンは車両に残れ、というのはジャンの指示だ。エレンとアルミンだけは車両に残り、他のメンバーでライナーとベルトルトが率いて来たアンデッドを相手にしてた。

「アルミン……やっぱり俺も戦うぞ」

「駄目だエレン、兵長からの指示を待つんだ。君に何かがあっても……」

あと1分も待てなさそうなエレン。今にも車両から飛び出そうとするギリギリのタイミングで、インカムから声が響く。

「エレン、無事?!」

声の主は聞き間違うことは無い。

「姉ちゃん!」

きっとリヴァイのインカムを借りているのだろう。元気そうな声に、エレンの顔が心持ちほころぶ。よかった、と呟くものの、インカム越しの声はすぐにリヴァイに代わる。

「全員聞こえるか。そちらの状況は」

それに答えたのは、車両の外にいるミカサだった。

「こちらミカサ・アッカーマン。ビルの入口でライナー、ベルトルトと交戦中。アンデッドの数が多いです。しかし最初よりは随分減りました。すぐに私達も……」

侵入者であるリヴァイに引き寄せられ、実際に数は少なくなっている。リヴァイの当初の作戦では、そうやって入口のアンデッドをリヴァイに引き寄せ、ビル外のエレン達を中へと引き入れる算段だった。しかし。

「命令だ。お前らはエレンを護衛しながら直ちに帰還しろ」

「なっ……!どういうことですか!」

それに異論を唱えるのはもちろんエレンだ。

「敵の目的はナマエとエレンだ。先に捕まえやすいナマエを連れてきて、エレンを誘き出そうとしていた。ナマエとエレンが揃っちまうとこっちとしちゃあ都合が悪い。ナマエは俺が連れて帰る。直ちに帰還だ!いいな!」

遠回しにそれは「逃げろ」ということだ。

「エレン聞こえる?私はリヴァイがいるから大丈夫だよ。発電所で待っててね」

ナマエがそう言ったと同時に、ビルの入口から爆音が上がる。ミカサがとどめのやけっぱちに、手榴弾を纏めて投げつけたのだ。すぐさま、車両へと戻って来る。

「聞こえたでしょ。私達は先に帰還しよう。ここでエレンに何かあったら、きっと何も残らない。兵士長が言いたいのは、多分、そういうこと」

「バイクでビルの15階に飛び込むような男がついてんだ。心配すんなエレン、姉さんは無事に戻って来るだろうよ」

エレンとは犬猿の仲であるジャンが、珍しくもエレンの肩を叩いた。アルミンはすでにエンジンをかけてハンドルを握っている。サシャとコニーは、車両の屋根に上って銃を構えた。

「クソッ!」

エレンの中に悔しさが募る。しかしビルと高速道路フリーウェイの間に打ち捨てられたバイクを見て、ジャンの言う通り、リヴァイが付いているのならナマエはきっと大丈夫だと。そう自分に言い聞かせた。

『これより帰還します!』

インカムにはサシャの声が響く。タイヤの音が飽和していたので、車両の屋根から言っている事が、換気ダクト内にいるリヴァイにもわかった。

「これでエレンは大丈夫だ。ここまで奴らと一緒に来たが、それなりに実力はある連中だ。撤退に問題は無いだろう」

「そう……よかった」

「問題は俺達だ」

ジークの隙を突いてダクト内に入り込んだものの。

リヴァイとナマエのいる場所はビルの16階に位置するダクトだ。構造上そうであるのか、そのままダクトを通じて下の階には降りられないようになっている。

「とりあえずこのまま進む。付いて来られるな?」

リヴァイはナマエの手首を撫でた。縛られていた縄はダクトに上がってすぐに切ったが、そこにはくっきりと縄の痕が残っている。

「平気、私は大丈夫。ちゃんと付いて行くから」

「ああ」

手首を握りしめ、リヴァイはナマエを引き寄せる。触れるだけのキス。本当はちゃんと抱き合って、確かめて、キスだってもっと──しかし状況がそれを許してはくれない。撤退していったエレンを諦めたせいか、アンデッドの気配が増えてきている。1階のロビーにいた集団が、上がってきていた。

「このダクトがどこまで続いてるかわからねぇが……」

リヴァイはインカムの電源を落として、四つん這いの状態で進み始めた。ナマエも黙ってそれに倣う。換気のダクト内なので風通しは悪く無い。それなのに、出口の見えない洞窟を進むようだ。

しばらく進むと急にダクトが、直角に上を向いている所に突き当たった。1階上へと通じている。壁に面した部分にはタイヤ程の大きさのプロペラが回っている。

「巻き込まれるなよ」

「うん……どうやって上に進む?」

ナマエが見上げた先は随分と高い。3メートル近くある階上に、また横続きのダクトが見える。

「これだな」

リヴァイはベストの中から一束のロープを取り出した。先端には丸い金属アンカーが付いている。手元でひゅんひゅんと音を鳴らしながらそれを回し、階上のダクト目掛けて投げつけた。

「落ちない?大丈夫?」

「一旦投げると、返しの部分が金属部にも刺さるようになってる。俺とナマエくらいの体重であれば、ちょっとやそっとじゃ抜けたりはしねぇ」

「へぇ……」

ロープはしっかりと階上へと繋がっている。リヴァイが数度、力を込めて引っ張って見せた。

「私登れるかな」

「俺が引き上げる。心配するな」

そう言ってリヴァイがロープに登ろうとしたその時だった。

生暖かい風と共に、ナマエのすぐ側にあった換気のプロペラ部分が突如として突っ込んできた。大型の異形種の手が、ナマエの体を包む。身をよじる暇も無い。

「クソ!」

瞬時に2人は手を伸ばし合った。僅かに触れた指先は、無情にもすぐに引き裂かれる。ナマエの悲鳴と共に、異形種はダクトから階下へと飛び降りた。

どういうカラクリかリヴァイにはまだわからない。しかし異形種を含むアンデッドは、マーレの戦士達ソルジャーならば従える事が出来る。

壊れたプロペラを押しのけながら、リヴァイはすぐに後を追う。

飛び降りたそこはつい今しがた、ジークと交戦した踊り場のちょうど1階上、16階部分の踊り場。

「……ナマエを離せ」

異形種はリヴァイに答えるかのように、けたたましい雄叫びを上げる。リヴァイは小さく舌打ちを零し、腰のホルスターにあった手斧を異形種へと投げつけた。

換気ダクトのプロペラみたく、手斧は回転しながら異形種の顔に突き刺さる。通常のアンデッドよりも随分と大きな体は揺らめき、その隙にリヴァイはナマエへと手を伸ばした。

「どうするつもりだ?下にはアンデッドの大群が待ち構えてる。お前達が逃げる場所は無いよ」

足音と声とが同時に響く。リヴァイの投げた手榴弾は全くのノーダメージだったのか。何事もなかったかのように、背後にはアンデッドを従え、階下からジークが上がって来た。

またジークと交戦するか、否か。リヴァイは選ぶ。

「リヴァイ、降ろして!私も戦う!」

「いや……」

リヴァイはナマエを横抱きにすると、すぐさま走り始めた。ジークの手から逃れる様に上りの階段へ向かって。

階段はらせん状になっている。丸く弧になったフォームで、リヴァイは階段を駆け上がる。ナマエはもう一度「降ろして」と言おうとしたが、すぐに黙った。ナマエを抱えた状態でも、リヴァイが走った方が早いことは明白だった。

リヴァイの背後にはすぐ側までアンデッドが迫っている。ジークは余裕そうに歩いて上がって来る。屋上へと辿り着く刹那、ナマエはようやくリヴァイのベストから自動拳銃ベレッタ92を取り出し、アンデッドへと向けて発砲した。アンデッドが怯む。屋上へ踊り出ると、眩い太陽の光が2人の瞳を刺した。

「ナマエ、そこも撃て!」

そこ、とリヴァイが指したのは、屋上へと出てすぐ壁際にあった非常用の消火箱。消防のホースや消火器、マスターキー(斧のこと)が収まる赤い小さな扉だ。闇雲に放った銃弾は奇跡的にも命中し、リヴァイはナマエを降ろすと、すぐに扉に手を掛ける。引っ張りだしたのは、真っ白な平たい消防のホースだ。

「リヴァイ……今から、消火活動でもするの?」

「そうだな。手伝うか?俺を鎮火させるのはお手の物だろうが」

「ちょっと」

こんな時になんて冗談だ、とナマエは思う。リヴァイはさっきダクトの中で見せた、金属アンカーがついたロープの先と、ホースとを結び付けた。接続部には小さなリングを使用し、切れないように細工もして。その間はわずか数十秒。もう何度も練習を重ねたような、手際の良さ。

「おっと、お出ましだ」

追って来ていたアンデッドが姿を現した。らせん状の階段の、カーブの辺りから顔を出している。リヴァイはそこへ向かって手榴弾を1つ。爆音が立ち込める中、金属アンカーを屋上の淵、ギリギリの所へと放った。ホースの長さはリヴァイの目分量だ。

「ナマエ、来い。俺に抱き付いておくだけだ。お前になら出来る」

「……もう高い所は勘弁だと思ったのに」

それでもリヴァイが手を差し伸べたので、ナマエは黙って彼に抱き付いた。首に手を回し、脚はしっかりと彼の腰へと巻き付き、まさにコアラ状態になる。

「目を閉じて、俺を信じろ」

「うん。信じる」

ナイフで切られたホースの先端は、ナマエとリヴァイ、2人まとめて巻きつける。リヴァイが走り出そうとしたその時、ジークが硝煙の中から姿を現した。ホースで巻かれた2人の姿を見て、ジークも察した。

「待て!ナマエ!」

リヴァイは常人だ。ジークから見れば少なくとも。しかし元より彼に備わる戦闘力に加え、腕の中にはナマエがいる。どんなことだって、成し遂げられる。

「確かに返してもらった」

その捨て台詞と共に、ジークの返答を待たずしてリヴァイは駆け出した。ナマエの耳元で風が唸る。瞼越しの光は眩しい。

「っつ……!」

屋上の地面を踏み切った瞬間、2人には容赦無い縦のGがかかる。急降下だ。真っ逆さまに落ちていくのに、内臓だけが全て、上へ上へと持っていかれる。リヴァイはしっかりと目を開き、ホースを掴み、ビルを蹴った。バケツの水をぶちまけるみたくして窓が割れる。

目分量の計算は塩梅が良かったらしく、地上から数メートルの所でホースは止まった。2人の体はホースに絞めつけられる。リヴァイはすぐさまナイフでホースを切り、地上の地面へと飛び降りる。ナマエを抱きしめたまま、リヴァイが背中で受け身を取った。

「計算通りだったな」

そう言ってリヴァイは、ポケットへと忍ばせておいた起爆装置のボタンを押した。ビル内に侵入してすぐ、あの15階のフロアで、いくつかの爆弾を仕掛けておいたのだ。

屋上で放った手榴弾とは比にならないレベルの爆音が上がる。大きな音に、耳の奥が唸る。

「ナマエ、立てるか?」

爆風と炎を背景にしながらも、リヴァイの声はナマエに届いた。返事をする事は出来なかったが、リヴァイに向かって頷いた。リヴァイはナマエの手を引いて、再び走り始める。高速道路フリーウェイの坂を上り、その先へ。果てしなく続くような、灰色の道を。


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