Unconditional | ナノ


▼ 3.Maybe girl(多分、女の子)

図書室内は薄暗い。唯一の光は口に咥えた小さなライト、動きまわる敵の気配。何よりリヴァイ自身が信用している直感を手斧の切っ先に乗せ、アンデッドの項に目掛けて振り下ろした。

異形種とは距離を取りながら銃を使った。接近戦になると不利な相手だ。図体はでかいが、動きはのろい。見た目のインパクトで押されるようなことは、リヴァイには無かった。

全員がヘリに乗り込むまで、ここのアンデッドをナマエ達の方にまで行かせるわけにはいかない。守る対象が安全な場所にあれば、リヴァイの動きは数段に広く軽くなるのだ。

窓の外からヘリが降りて来る気配がした時だった。窓を打つ音が響き、アンデッドの気がそちらに取られる。眩い人口光が室内に差し込み、部屋の隅に金髪が瞬いた。リヴァイは咥えていたライトを胸元へ差し込む。

「お前……士官学校の学生か?」

いつ現れたのか、リヴァイも気付かなかった。少女、アニ・レオンハートは静かに、ゆっくりと、リヴァイに向かって歩みを進める。ちらつく光が陰影を作りだす室内。アニの眼が開いた瞬間、彼女はリヴァイに向かって脚を振り上げた。

「オイオイ……状況が理解できてねぇようだな」

右手でアニの脚を受け流し、左から伸びてきたナイフ付きの手を振り払う。リヴァイは背後に退き、銃を構えた。

「お前の正体は?」

「そうだね……実はあんたの隠し子だった、とかどうかな。私は旅籠で生まれてさ……」

「面白くねぇな。もっとマシなジョークを用意しとけ」

リヴァイが引き金を引く。しかし同時にアニは姿勢を落とし、リヴァイの右脚に渾身の蹴りを一発。そして3階へ続く扉の方へと走った。扉を開く。アニの指示を請うかのようにアンデッドが流れ込んでくる。小さく舌打ちをして、リヴァイは手榴弾を構えた。

「いつ潜り込んでやがった!マーレの……戦士達ソルジャー!」


──シングルベッドだけの部屋に朝の報せはようよう来ない。元より発電所内に窓は少ないのだ。それでも目が覚めて、隣にナマエがいるだけでリヴァイの目覚めは満足だった。

「起きたの?」

ふいにリヴァイの気配に気付いたナマエが体を起こした。リヴァイはナマエの腕を引き掴むと、自身の腕の中へと閉じ込める。

「今日は見張りは回って来ねぇ。安心して寝てろ」

「足……痛くない?」

「ああ。すぐに治る」

大きなため息は安堵から来るものだ。リヴァイは腕の中のナマエの前髪をかきわけ、額に唇を落とした。

「リヴァイが起きる前、食堂で水を貰ってきたよ」

「そうか」

「その時にエレンに会ったのね。こっちに帰ってきて初めて」

ナマエの髪を撫でながら、リヴァイは耳を傾けた。口調のニュアンスが、語らせてくれという雰囲気を帯びていたのだ。

「エレンが私に聞いてきたの。結局、リヴァイ兵長は噛まれてなかったのか?って。彼は単純に心配してのことだと思うんだけど……私カチンと来て」

別にナマエがカチンと来る必要は無い。エレンが言う事はもっともだ、とリヴァイも思う。

「わかってるんだよ?でもあんなにリヴァイが頑張ってたから悔しかったのかな……ちょっと寝不足のせいもあったと思うんだけど」

「で、お前はなんて言ったんだ。エレンに」

「今からセックスして確認してくるからそこで待ってなさいって」

「実の弟に向かってなんつう事を言いやがる」

「うん。私も自分でびっくりしたの……」

流石のリヴァイも若干引き気味の表情だ。しかしすぐに砕けた笑顔になって、ナマエの服の中に手を滑らせた。

「するか?」

「何言ってるの。怪我があるでしょ?私以外の女にやられた」

「お前も言うようになったじゃねぇか……」

言いながらもリヴァイのてのひらはナマエの胸を探し当てる。基本的に寝る時のナマエはタンクトップ一枚だ。素肌がすぐ触れる感触は一緒に眠っていて互いが心地良い。

「ン……」

口付けが深くなり、2人の体が抱き合うよりも絡み合った瞬間、薄い鉄扉を荒々しくノックする音が響く。

「姉ちゃん、部屋ここだって聞いたんだけど」

リヴァイは一瞬顔を顰め、手を伸ばして扉を開いた。本当にベッドだけなので、扉まですぐ手が届くのだ。

「オイ、ここは俺の部屋でもある」

「リ、リヴァイ兵長!」

何を思い出したのか、エレンはバツが悪そうに2人から目を逸らした。

「ここにいたけりゃ、ノックの仕方はもう少し工夫しろ。エレン」

「も、申し訳ありません……えっと、あの!そうだ!エルヴィン団長がミーティングをしたいと」

「そうか。支度をする、そこを閉めろ」

「はっ!」

リヴァイとナマエが同室なのは自由の翼フリーフライのメンバーは皆よく知っている。エレンの様子から鑑みると、きっと誰かに揶揄われて「ナマエだけの部屋だ」というニュアンスでナマエを呼びに使いに出されたのだ。

ナマエはタンクトップの中にスポーツタイプのブラジャーを着込み、ミーティングだけなのでデニムのショートパンツ(ペトラから譲ってもらったものだ)に着替えた。リヴァイも黒いTシャツに、今日は黒いデニムのパンツ。仕上げに2人の首には、それぞれ同じ名前のドックタグが下がる。

部屋を出ると、廊下の角でエレンは待っていた。リヴァイは目線だけでエレンの姿を確認して、特に何を言うでも無く、先を歩いて行く。エレンは一歩遅れて歩いていたナマエの側に寄り、そっと耳打ちをした。

「何も兵長と同じ部屋で寝る事ないだろ?男の部屋だぞ?」

「エレン……私の話し聞いてた?色々」

大きなため息を伴いながらナマエが言うと、エレンは途端に眉を吊り上げる。

「兵長にモールで助けてもらって、それからの付き合いなんだろ?俺もその件には感謝してもしきれねぇよ。でも、それとこれとは別の問題なんじゃないのか」

「エレンこそミカサとどうなのよ……」

「は?なんで今ミカサの話しが出てくるんだ?」

もう一度ナマエの大きなため息。

「士官学校では本当に訓練以外してなかったんだね」

「当たり前だろ!」

ミーティングルームの扉の前に着いたリヴァイは、ドアノブに手をかけながら振り返る。

「オイ、姉弟の交流は終わったか?ミーティングルームはここだ、弟よ」

「兵長……普通に呼んで下さい。まだ弟になるつもりは」

「いいからさっさと入れ」

ぴしゃり、と言われてエレンはすぐに背筋を正した。リヴァイなりのジョークな一連なのだが、それはナマエにしか伝わらなかった。ナマエは少し笑いながらエレンの後に続く。

ミーティングルーム内には昨日士官学校に突入したメンバー、エルヴィンを筆頭にリヴァイ、ミケ、ナナバ、ゲルガー、そこにハンジも加わっていた。あとはナマエとエレンだ。最後に着いたのがリヴァイ達だったらしく、他の面々はペットボトルのミネラルウォーターをテーブルの上に置き、3人の到着を待っていた。

「揃ったな」

エルヴィンが言うと、ハンジが立ち上がる。部屋の隅にあるホワイトボードを引っ張りだして、並んで座るエレンとナマエの前へと設置する。

「これから行うミーティング……というより状況確認は、君達2人と我々との情報整理といった所でね」

「情報整理?」

そう、とハンジは頷いた。エレンも神妙に、同じく。

ハンジの話しは先ず5年前に遡る。ちょうどミーティングルーム内にいる自由の翼フリーフライのメンバーは5年前、パラディ軍に所属するエルヴィン率いる分隊のメンバーでもあった。

5年前、パラディはマーレへの侵攻を試みる。その最も前線に出たのがエルヴィンの分隊であった。

「前線に出たと言っても、ようやく上陸できたといった所だった。マーレは大きな国だからね。どうしてパラディが仕掛けようとしたのか……大きなニュースになってるのは、2人とも知ってるね?」

エレンとナマエは頷く。戦争が始まったと言っても、特に身近に変化があったわけでは無い。どこか映画の話しでも聞くような感覚で、ニュースを見ていたのだ。

「マーレに上陸して、エルヴィン率いる分隊の我々……まぁ、自由の翼フリーフライのメンバーだね。初期のメンバーはそこで一度見ているんだ。アンデッドを」

「え?」

「俺達が見たのは研究所のようだった。マーレの戦士達ソルジャーのリーダー格はアンデッドを作り、それを広める細菌兵器を作ろうとしてやがった」

リヴァイが静かに口を開いた。感情の僅かな隙間に、憤りを含ませて。そこで食い止められなかった悔しさがあるのだ。

「我々はすぐに帰国し、軍の上層部に進言した。小さな分隊では手に負えない。細菌兵器がパラディに広められると事態の取り返しは不可能になる。先ずは防衛策を確立し、あの研究所だけを慎重に潰す必要がある、とね」

エルヴィンがそう言えば、ハンジは「まぁそれがダメだって言われちゃったんだけど」と視線を床に落とした。ホワイトボードの年表に、ドクロのマークが描かれる。

「どうして軍の上層部は……アンデッドの存在を知っておきながら止めなかったの?」

「それがわからないんだ。軍はエルヴィンをすぐにまた別の国に派遣してね……マーレの侵攻は取りやめになって、表面上パラディとマーレの関係は冷戦状態となった」

冷戦状態──

それはナマエもエレンも知っていた。同じ頃、エレンは士官学校へと入学したのだ。

自由の翼フリーフライを設立されたのも……その頃ですよね?」

エレンが控えめに口を開いた。そうなの?とナマエがエレンに振り返ると、エレンは「何言ってんだ」という顔でナマエを見返した。

「そうだな。ニュース番組などで我々のことは報道されなかった。ナマエが知る余地はなかっただろう」

「俺達士官学生は驚きました。自分は絶対にエルヴィン隊長の元に就きたかったので……」

「ありがとう。そういうわけで、自由の翼フリーフライは私の独断で動く私兵軍隊となったわけだ。マーレへ、あの細菌兵器を作る研究所を潰しに行く為に」

ハンジはホワイトボードに「2年後 自由の翼フリーフライ設立」の文字を書き込んだ。

エルヴィン達は詳しく言わなかったが、研究所内は酷い場所であった。人かアンデッドか。生き物としての境目が蠢く建物内。早いうちにあの脅威は取り除いておきたかった。2カ月前に起きたパンデミックの直前、自由の翼フリーフライも約3年の時間をかけて力をつけた所だった。あともう少しで、研究所へ行く算段がつくはずだったのだ。

ホワイトボードには更に「3年後 パンデミック─現在」と書かれる。

「それで……どうして俺と姉ちゃ……ナマエが関係あるんでしょうか」

うん、と頷いたのはハンジ。

「2人はアンデッドに噛まれても感染しない。このことから我々はまず血筋の件を疑った。なんらかの移民の可能性はあるんじゃないかと……それがビンゴだ!」

現在パラディ国内のほとんどの機関はまともに動いていない状況。しかし軍の一部分のコンピューターを使えば、渡航歴などを見ることは可能である。ハンジはナマエとエレンが感染しない事実を知ってから、軍に渡航歴を調べてくれと申し出たのだ。2人の父親であるグリシャ・イェーガーの。

「5年前に行方不明になったという貴方達のお父さんは、どうしてかマーレに渡り、またパラディへと帰国してきている。これは推測だけれど、君達2人はアンデッド化しない抗体をお父さんに打たれたんじゃないか?」

「まさか……!」

ナマエの脳裏に父・グリシャの面影が横切る。行方不明になる前も、あまり家にいない父だった。もうすでに、記憶はおぼろげだ。

「そして更にこれは昨日の話し。ナマエが士官学校へ向けてヘリで発った後すぐ、ここに軍のヘリが来たんだ」

「え?ヘリって一機しか無いんじゃなかったの?」

ナマエがハンジに向かって言えば、ハンジは肩をすくめながら続ける。

「ほぼ押し入りのような状態だったさ。そこの門のすぐ外にさぁ……武器も防具も全部完備でナマエを引き渡せ!って」

昨夜士官学校でエルヴィンは言っていた。「ナマエをこちらに連れてきて正解だった」と。

本来昨夜の軍側の計画としては、主戦力であるリヴァイらとナマエを切り離し、自由の翼フリーフライが手薄になった状態でナマエを連れて行くというものであった。エルヴィンの先見と、ハンジらの交戦によってそれは免れたわけだが。

「あのアルミン?って子だっけ。彼の判断もよかったね。エレンの身代わりのジャンという少年も、すぐに身代わりだってバレるだろうよ。まぁしかし、士官学校生に罪は無い。そこまで手荒な真似はしないだろうから、彼等の安全は確保される上にエレンは無事、こちらに来れたわけだ」

「ちょっと待って下さいよ!軍はなんたって俺達を無理矢理連れて行こうとしたんですか?敵はマーレじゃないんですか?」

急に立ち上がるエレン。エルヴィンはそっとエレンの肩に手を置き、微笑んだ。

「内通者、それに近い者がいるということだ。昨夜リヴァイが戦った、アニ・レオンハートのように」

は、とエレンが目を見開いた。アニが敵だった。その事実は、エレン、アルミン、ミカサにだけは話している。間違い無く、5年前からパラディに住んでいたとナマエの証言もあったから。

「俺達は……何と戦えばいいんでしょうか」

「目下としては抗体の生成だ。エレンとナマエの血液より、それが作れれば国内の現状は僅かではあるが回復に向かう。同時に潜伏している戦士達ソルジャーを見つけ出し、マーレの細菌兵器研究所を殲滅」

途方も無い作戦に思えた。

これより軍は敵に回るであろうし、圧倒的に物資も足りない。敢えて希望を見出すなら、抗体の生成。それに賭けるしかないだろう。

「あと早いとこ他の戦士達ソルジャーも見つけなきゃな。1人じゃねぇだろう」

「リヴァイ、昨日も言ってた……その、戦士達ソルジャーって?」

「マーレの精鋭部隊の通称だ。俺が研究所で見たのも……そいつらだった。昨日のアニって奴は初めてだったがな」

エレンが下唇を噛んだ。ずっと同じ仲間だと思っていたのだ。もしかしたら、校内のアンデッドは彼女の仕業だったのかもしれないなんて。

「具体的な指示を出す。ハンジ、君はアンデッドの研究もだが、エレンとナマエの抗体の件にかかれ。必要な機材が足りない場合は相談に来い」

「りょーうかい!」

「ミケ班は戦士達ソルジャーの炙り出しだ。現状軍のコンピューターのセキュリティは甘い。ハッキングを駆使、並びに自由の翼フリーフライに潜り込んでいないか。重点的に洗い出せ」

「了解だ」

「リヴァイの班はエレンとナマエの護衛だ。敵はアンデッドだけでは無い。2人を守り、グリシャ・イェーガーの痕跡を追う」

「これまで通りだな」

リヴァイがナマエの手を握る。

思いもよらなかったナマエ自身とエレンの抗体、それからマーレに渡ったというグリシャ。根本の細菌兵器の研究所を潰すには、それらが片付かないことには叶わないらしい。しかしパンデミックの日、混乱したモールでリヴァイがナマエを助けてくれたように──彼がいればどうにかなるんじゃないか。そんな気がして、ナマエもリヴァイの手を握り返した。


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