▼ 1.Soldier length(兵士長)
丸い円形の中に十字の線が入っている。中心は点線になっていて、点線と点線が交わる部分に照準を合わせた。
「息を吸え。対象の動きを読んで呼吸を合わせろ。そうだ、もう一度息を吸え……止めたまま」
耳元からリヴァイの声がする。言われた通り、ナマエは震える手を僅かに動かし、目標を定めた。項を狙わなくては意味が無い。彼等、は項が削がれない限り、何度でも復活してしまう。もう一度、深く息を吸う。
「撃て」
引き金を引くのは簡単だ。しかしそれまでの覚悟や、引いてからの衝撃や。構えなければならないことは多分にある。
「命中だ」
アンデッドが倒れる前にリヴァイは呟いた。弾道は確かにアンデッドの項を辿り、首筋を抉り取るように音を立て、白煙と共にアンデッドを沈黙させた。
「……私、ちゃんと撃てた?」
「ああ。まぁ、初めてしちゃあ悪くない。そいつで練習だな」
そいつ、とリヴァイが指したのは、今ナマエが持っていたスナイパー銃のことである。護身用に銃を習いたいとナマエが申し出て、まずは遠距離からの狙撃が妥当だとリヴァイが言ったのがきっかけだ。
2人がエルヴィン率いる
「予定ではそろそろハンジの分隊が戻ってくる時間だ。それまでに門の前の奴らは一掃する」
「わかった。頑張る」
門の前にいるのはあと3体ほど。奴らは音に反応するので、銃口には
「……車の音がするな。ナマエ、少し急げ」
リヴァイはそう言うと、腰のベルトに挟んでいた無線機を取り出した。
「こちら見張り台、リヴァイ・アッカーマン。応答せよ」
いくつかのノイズがまじりあう中、無線機からは声が聞こえる。
「こちらエルド・ジン。兵長!お疲れさまです」
「ああ。今門番はお前か、エルド。遠くから車の音がする。門の開閉準備にかかれ」
「了解!」
リヴァイの班員であるエルドの声は明るい。しかしそこには緊張感があった。
門の開閉は命掛けなのだ。もしアンデッドが入り込むようなことがあれば、この発電所自体、存続の危機だ。もともと発電所は軍が使用していた軍事施設の一部で、施設内を取り囲む壁は人の背丈より高く、籠城に適している。
しかし籠っていては消耗するばかりだ。よって
全員で行ってしまうと、その分感染のリスクも上がってしまう。それ故に、少数精鋭の班ごとでの調査が推奨されている。
「たっだいまー!」
大きな軍用車両の窓から身を乗り出し、大きく手を振る姿が見える。
「あのクソメガネ。毎度毎度、静かに帰って来れねぇのか」
「ハンジさん達、無事みたいだね。よかった」
車が門の前に着くころには、周囲のアンデッドも一掃され(最終的にはリヴァイが全て倒した)、ハンジ達は無事に帰還することが出来た。
ハンジ・ゾエは
「本当に捕まえてきたのかな」
「あのテンションが証拠だろう」
そして今回、ハンジの調査目的は「アンデッドの捕獲」であった。
門の付近は重々しい雰囲気が立ち込める。施設内で暮らす一般人は別棟に隔離され、周辺には軍関係者だけが集まった。ナマエとリヴァイも、見張り台から降りる。
「ナマエもあちらへ行っていなさい。万が一があってはいけない」
ナマエの姿を見てそう言ったのはエルヴィンだった。大人しく頷いたナマエだったが、エルヴィンは後ろにいたリヴァイの姿を見て、笑って肩をすくめた。
「ああ、しかし君ほどのラッキーガールはいないからな。大丈夫だろう」
「その呼び方はやめろ」
パンデミック混乱の最中、リヴァイと居合わせるほどのラッキーガールはいない──とはエルヴィンの言葉だ。実力主義のエルヴィンは本気か冗談か分かりかねるが、ナマエの強運を買っていて、ナマエが銃を所持したりすることに賛成している。人手不足は火を見るよりも明らかなので、ナマエにも準戦闘員として
「いやぁ、今回は大収穫だったよー!可愛いアンデッドも連れて帰れたし!それから例の病院!生存者がいたよ」
「ハンジさん!ちゃんと報告して下さい!」
ハンジの隣で冷や汗をかいているのはモブリットだ。長くハンジの副官として仕えているらしく、いつもハンジに振りまわされている。
「おっと、そうだ。これはリヴァイにお土産」
軍用車両から飛び降りたハンジは、ポケットから革張りのケースに包まれたスキットルをリヴァイへと投げて寄越した。リヴァイは横目でそれを確認し、手を振りかぶって受け止める。
「……悪くない。どこで拾った」
「病院さ。生存者がいたよ。
ほぅ、と呟きながらリヴァイは蓋を開ける。小気味よい音と共に、ウイスキーの芳醇な香りがナマエの鼻腔にまで届いた。
「病院のドクター達がいたの?」
「ああ。ナースも数名ね。この辺りのアンデッドはだいぶ数が減ってきているものの、よく耐えたよ」
発電所近くにある軍病院から無線が入ったのは数日前。医療に長けた人間が入ってくるのは、
「一先ずハンジが連れ帰った研究対象は厳重に扱え。病院内に救援に向かう作戦はおって連絡する」
エルヴィンが大きな声でそう言うと、周囲にいた兵士達は声を揃えて返事をした。
「ナマエ」
ナマエも部屋へ戻ろうとした刹那、リヴァイがナマエの肩を掴む。そしておもむろに、ウイスキー味のキスをした。
「んむっ」
「美味いだろ」
2人の背後を歩いていたエルドが「ひゅう」と冷やかしのような口笛を吹く。
「行くぞ。シャワーだ」
なんでも無いことのようにリヴァイはエルヴィンにも手を挙げて挨拶し、発電所の施設内へと入っていく。
いつもの事なので、ナマエも黙ってそれに従った。
こんな生活にも慣れつつあった。ふいに思うのは士官学校に通う弟のこと。軍とはたまに連絡が取れているらしいが、まだ学生達の情報までは入って来ない。
今はリヴァイを信じてナマエ自身も、出来る事を1つずつ成しながら、信じて待つばかりである。
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