【恋にはならない】

すみっこ様(HP)

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 なだらかな丘だった。しいなは草むらに寝転がり、空に流れる雲を見つめていた。眩しい。仰向けになり手をかざし、太陽を遮る。嘘のような、いっときの平和。
 ふと、ヴェリウスとまっすぐ見つめ合うエミルの姿を思い出した。迷いのない瞳。彼は、何をヴェリウスに誓ったのだろうか。
 きっとそれは、皆が望む世界を想ってのことに違いない。誰も哀しむことのない未来のためだ――しいなは、楽天的にとらえた。わざわざヴェリウスに聞く必要もないだろう。
 そこまで考えて、ポケットに手を突っ込む。ちりん、と鈴が鳴った。ヴェリウスのことを考えていたからだ、その転生前の精霊であるコリンを思い出した。
 ポケットの中で鈴の形を確かめる。違和感の招待にはすぐに気付いた。ポケットから手を引き抜き、違和感の正体を太陽にかざす。
 指輪だった。
「なあに、それ」
「わっ!?」
 突然こちらを覗き込むマルタに、しいなは情けない悲鳴をあげる。
「それ、もしかして指輪?」
 跳ね起きて指輪を隠そうとするも、時既に遅し。
「えーっ、指輪だよね!? やだ、隠さないでよ! 見せて!!」
「わかった、わかったから静かにしな!」
 興奮気味のマルタに、しいなは慌てて周囲を見渡す。幸い、近くには誰もいないようだ。しーっと人差し指を立てると、マルタは興味津々さを隠さないまま黙って頷く。
「なに、訳ありなの?」
 マルタは遠慮せずしいなの横に腰を下ろす。
「…まあ、ね。そんなところかな」
「見せてもらっていい?」
 キラキラと瞳を輝かせて懇願する少女に、しいなは観念した。
「…いいよ」
 溜息交じりに、マルタの手に指輪を置く。緑色の石が付いていた。
「…おもちゃ?」
「そうだよ」
「なあんだ、婚約指輪かと思った」
 あからさまにがっかりするマルタに、しいなは少し困った笑顔を見せる。
「期待に添えなくて残念だったね」
「…でも、こんな旅のときにまで持ち歩いてるなんて、よっぽど大事にしてるんだ?」
 太陽の光にかざしながら、いろんな方向から指輪を確認している。
「そういうわけじゃないよ。たまたまポケットに入ったままだったのさ」
「えー」
 マルタは頬を膨らませた。
「ねえ、誰からもらったの?」
「…秘密だよ」
「教えてよ。もしかして、小さい頃に誰かからプロポーズされたとか?」
 しいなは答えない。マルタは自身の記憶の引き出しを開けまくる。
「…わかった、おろちさんだ!」
 噴き出した拍子に思いっきりむせた。
「ち、違うよ。ミズホじゃそんな指輪のおもちゃなんて売ってないし」
「…うーん、確かにそんな感じはするけど…。っていうか、そんなに古いものじゃなさそうよね」
 再び考え込むマルタをよそに、しいなはおろちの真剣な眼差しを思い出す。

 ――俺は本気だ。おまえの気持ちを聞かせてほしい――。

 結局、答えを出せないままだった。
 おろちは、前ミズホ頭領イガグリを補佐する副頭領タイガのように、あるいは幼なじみとして、厳しく、ときに優しく傍にいてくれた。それを、ミズホ頭領としての責任や立場を、ゼロスひとりの命を救うために捨てようとしたのはしいな自身だ。自分とゼロス以外に、あの旅の真相を知る者は、おろちのみである。

 ――このまま…、ふたりでどっかに消えちまうか――。

 あの旅を思い出すと、どうしてもあの湖の情景が浮かぶ。ゼロスの言葉にはまるで現実味がなく、答えることは出来なかった。
 しいなは軽く溜息をついた。それをちらりと見て、マルタは首を傾げる。
「どうしたの?」
「別に」
「もう、秘密主義なんだから。世界再生の英雄たちのコイバナなんて、滅多に聞けないのに〜」
「コイバナ…」
 苦笑い。
「コイバナじゃない、おもちゃでも指輪だよ? その人、しいなが好きだったんじゃないの?」
 ゼロスが? 危うく口に出しそうになり、しいなは唇を不自然に閉めた。
「今、ちょっと惜しかっ…」
「惜しくない惜しくない」
 しいなはごまかしたが、マルタはじーっと視線を送り続ける。
「言いかけた…ってことは、わたしの知ってる人なのね?」
「教えないってば」
「もしかして、仲間うちの誰かとか?」
 だんだんと正確に近付いていく推理に、内心で冷汗をかいてしまう。
「教えてくれたっていいじゃない。リフィルさんのラブレターが嘘だった時点ですごくがっかりしたんだから。そういうのって、みんなにも無くはなかったんでしょ? そういう話、全然聞かないんだもん」
 リフィルがリーガルに手紙を渡す際、ラブレターだとカムフラージュした件は聞いている。どうにもこうにも、マルタはそういう話が好きなのだろう。しかししいなは黙秘権を行使した。
「コレットがロイドを好きなのは一目瞭然なんだけど…」
 ちくり、と胸が痛む。ふたりで旅をしたとき、ロイドへの気持ちのことでゼロスと大喧嘩したことを思い出す。
「ジーニアスはプレセアが好きだもんね。リーガルさんは…昔、手に掛けてしまった恋人のことが忘れられないって…」
 互いに違う理由で暗くなり始めたが、そこはマルタ、浮上も早い。
「じゃあゼロスだ!」
 いつかその名前が出るだろうとは思っていたから、なんとか平静を保つ。
「秘密」
「むー…。でも、ゼロスだったらちゃんとした、高価な指輪をプレゼントしそうだもんね。ロイドだったら自分で作りそうだし、ジーニアスはそういう色っぽさ? みたいなのはないし、リーガルさんは…そういう心に想う人がいるなら、指輪なんて誰かにあげたりしないよね…」
 ゼロスは、酔った勢い、タチの悪い冗談だと言っていた。
 何度目か考えを巡らしていたマルタはハッと顔を上げる。
「まさか、ユアンさん?」
 しいなは再びむせた。
「そうなの?」
「違う違う、それはきっちり否定しとくよ」
「じゃあ誰よ」
「だから最初から秘密だって言ってるじゃないか」
「ちぇっ」
 マルタはもう一度指輪を見てから、それを返した。しいなはすぐにポケットに突っ込んだ。
「頼むから、指輪のことは秘密にしといておくれよ」
「…じゃあさ、最後にひとつだけ聞いていい?」
 しつこい、とは言わず、しいなは首を傾げる。
「しいなは、その人のこと、好きだったの?」
 まぶたをしばたたく。考えたこともなかった。あたしが、ゼロスを?
「…うーん? うーん…。…………全然?」
「何それ…」
「そういう相手じゃないんだよ。考えたこともなかったっていうのが正直なところ」
「納得出来なーい!」
 だろうね、と思う。指輪を捨てられなかったのも、どうしてかは自分でも解らない。白黒はっきりさせたがるマルタでは尚更だろう。
「納得出来なくても仕方ないだろ、あたしは正直に答えたよ」
「あーもー、余計わけわかんなくなったじゃない!」
 マルタは憤慨しているが、どうしようもない。
「まあ、あたしの恋愛なんて気にせず、自分の恋愛を気にしなよ」
「私はエミルが好きってはっきりしてるもん!」
「…熱いねー」
 これくらい自分の気持ちに素直になれていたら…と考えて、しいなは首を振る。ロイドにはコレットがいる。今更だ。
 ロイドへの気持ちも宙ぶらりん、おろちの想いにも応えられず、ゼロスをどう思っているか考えたこともない。ただ、今はどれも恋には当てはまらないことだけは解る。
「さ、そろそろ休憩も終わりだろ? 行くよ」
「はーい」
 マルタの恋は精一杯応援したい。誰かが幸せそうに笑っていることが嬉しい。
 人のことばっかり気にしてるから、自分のことがおろそかになるんだぞ…そんなことを、ゼロスに言われたっけ。世界再生の旅のときは叱られたし、ふたりで旅をしたときはたしなめられた。ついでに言えば、誘拐されたセレスを助けに行くときも、心配していたら落とし穴に引っかかった。後にエミルから、ゼロスが呆れていたと聞かされた。
 よく知る関係ではあるけど、恋愛とは程遠い。
 立ち上がりながら、マルタは念を押す。
「いつかしいなの好きな人のことも、ちゃんと聞かせてよ?」
「はいはい。いつか、そういう人が出来たら、ね」
「もー…」
 肩をすくめるしいなに、マルタはやはり頬を膨らませた。


――あとがき
 ユニゾナント発売記念企画ということで、僭越ながら参加させて頂きました。
 ドラマCD「ロデオライドツアー」の内容をふんだんに取り入れてみたので、ゲーム本編にはない意味不明な部分も多々あるかと思います。が、これを読んでゼロしいに興味を持つ人が増えてくれたら…と思いながら書きました。しいなとマルタしか登場しませんけどw
 とにかくともかく、シンフォニア10周年&ユニゾナント発売を喜びつつ、この小説を読んで下さった皆さまと、この企画に関わる方々に感謝致します。
 ありがとうございました!







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