ウィーチューリップ!
〜恋する年頃宣言〜





とある冬島でのことだった。キッド海賊団船長こと、ユースタス・キッドは海辺でコートを着こみ、ザクザクと新雪を踏みしめていた。
上陸したのはつい先程の話だ。南生まれのキッドは、これまでの航海で何度体験しても見慣れない雪に心はずませていた。

「キラー!雪がキュッキュッて!言うぞ、ホラ見ろよ!」

ブーツで真新しい雪を踏むたび、これ見よがしに、まだ船内で寒そうにキッドを見守るキラーを見上げる。
ああ、そうだな。そう伝えキラーはチャンチャンコの中でブルリと震えながら船内へと入っていった。因みにこのチャンチャンコ、キラーの手作りである。以前冬島に行ったときに作り方を教えてもらったと言っていた。
キッドは真っ赤になった鼻をすすり、活気のある町へと歩いた。一人で行動するなと常に言われているが、浮かれているのだろう。
ザクザクと雪を楽しそうに踏むしめる。しかし寒い。鼻をまたスンとすすって、キッドは目についた酒場に入った。頭につもった雪を軽く払い、カウンターに腰掛ける。まだ昼間なのに町のごろつきが楽しそうに酒を飲みかわしていた。
冬島の酒はアルコールが強い。しかし凍えた体には丁度良いだろう。キッドは出された酒をぐい、と煽り息を吐いた。窓から雪がしんしんと降っているのが見える。雪は見ていて飽きない。次から次へと降り続く雪を、キッドはぼうっと見ていた。雪といえば、アイツは北の出身だと言っていたな……雪を見ながらふとそう思いついたキッドは慌てて酒をまた一口飲んだ。

いま、誰を思い浮かんだんだおれ……!

どん、とテーブルに酒を置いてぐ、と唇を引きつらせる。顔が赤いのも、胸の奥がジンと熱を持ったのも酒のせいだ。キッドはまた顔をあげてゴクリ、ゴクリと酒を飲み干した。

「酒、おかわり」

先程も述べたが北の酒はアルコールが強い。南の酒を飲んで育ってきたキッドは、酒に弱いということもないが、飲み慣れないそれにいささかペースを乱されていた。
この男、いま脳裏を掠めた人物のことをこれでもかというくらい好いていた。本人は否定しているのだが、まわりが見れば一目瞭然だった。寧ろ何故認めないのだろうと思うほどだ。
キッドは、新しくきた酒をじっと見つめた。この北の酒、きっと奴の故郷の味に違いない。そう決めつけ、キッドは自然と唇の端をあげていた。酒が入り正常な判断が出来ない脳は、彼の少し変わった妄想劇を繰り広げる。これが可憐な少女だったら可愛いとさえ思うが、真っ赤な髪を逆立て、閣下よろしくキツい化粧を施した男では話が違う。
酒を飲んで途端にニヤニヤし始めた大男に、この店のマスターはそそっと距離を置いた。
触らぬ神に、なんとやらである。

キッドにしては早いペースで酒を空けていき、その間も彼のめでたい脳は妄想を繰り広げていった。
きっと奴は幼い頃に両親に捨てられ、小さいながらもこの世の中で精一杯を生きてきたんだ…。と、勝手に人の過去を捏造し少しキッドは涙した。此処までくると、病気である。
マスターはキッドを気にすることを既に諦めていて、先程から1人で泣いたり笑ったり忙しい男を放っていた。

カラン

酒場のドアが開いて、一人の男がキッドの隣へ座った。マスターはまた面倒くさそうな奴が来たと内心思いながら注文を聞く。コイツと同じもん、と男はキッドを指差した。
キッドはと言うと、簡潔に言ってしまえば出来上がっていた。カウンターに突っ伏して、むにゃむにゃと何かをつぶやいている。
今しがた隣へ座った男はトラファルガー・ローといった。皮肉なことに、キッドが先程から妄想を大爆発させている、かの人だったりする。

「ユースタス屋……ダメだこりゃ、飲み過ぎだな」

ユサユサとローはキッドを揺さ振った。たまたま来た酒場に見た顔があった為隣に座ったのだが、生憎もうつぶれていた。
眠気眼でぼやっとコチラを見つめてくるキッドに、しっかりしろと軽く叱咤した。

ぎゅう

正にその効果音が正しいだろうか。ローは固まったまま身動きが取れない。キッドに抱きつかれたからだ。
ここだけの話、ローは男も女もいけるという、所謂世間でいうところのゲイであった。しかし今までキッドのことを、恋愛または性的な意味で見たことはなかった。骨のある新星の内の一人、ぼんやりとした定位置にいた、ちょっと変わった格好の人ぐらいの認識だった。のだ、が。
酒のせいだと思っていても、力なく己を抱きしめ、ろぉ、なんて舌ったらずに名前を呼ばれてしまったら。
男は金を置いて、キッドの腕を肩にまわし、そのまま近場にあるホテルへと直行したのであった。



ボスン、とキッドをベッドの上にねかせる。此処まで来るのに骨が折れた。と、いうのも自分よりも大きな男を半ば引きずってきたからだ。
うー……と、うなりはじめたキッドにローは馬乗りになる。まじまじとキッドの顔を見下ろせば、酔いで眉間にしわを寄せている表情のまま此方を見返してきた。その顔にまたズクリと下半身に熱がたまるのをローは感じた。

「ユースタス屋…」

そっ、と輪郭に手を添わせてゆっくり顔を近付ける。酒臭いのがムードに欠けるが、この男が煽ってきたのだから仕方ないとローはキッドの唇を奪った。
ちゅ、と何度もキスをする。キッドの喉がひくりと動くのを見て、ローは目を細めた。一つ一つの動作が、この男のストライクゾーンだった。可愛いじゃねぇか、なんてことさえ思う。
はぁ、と息を吐き出すキッドを見下ろしながらローは器用にコートのボタンを外した。す、と腕が首に回される。どうした、と視線をキッドに向ければ、ローの耳元で

「も、と、キス…」

と、強請られた。それにローは完璧に動きを止めた。
何コイツちょっと可愛い過ぎやしねぇか……!?
今まで何で手を出さなかったのか逆にローは自分に聞くところだった。
顔を近付け、舌でキッドの唇を舐めてやれば薄く口が開いた。ローは誘われるがまま舌を差し入れて、深いキスをする。熱い口内に夢中になりながらキッドの服を脱がせていくが、あることに気が付いてローは唇を離した。

「……着込みすぎじゃねぇか、ユースタス屋…」

そう、キッドは何枚も何枚も着込んでいた。それもごちゃごちゃと装飾のついたものばかりだから脱がすのに一苦労だった。
ローが真剣になりながら服を脱がしはじめる。こんなところで時間を食わされるなんて思っていなかった。
半ば自棄になりながら服を脱がしていけば、上からスヤスヤと寝息が聞こえてくる。まさか、そんな…
ローが見上げれば、期待を裏切ることなく爆睡していたキッドがそこにいたのだった。


酒は飲んでも飲まれるな



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