砂糖より甘い思考にため息
「.....あんた、本気で言ってるの?」
「わ、私がアニに嘘言うわけないよ!」
ななしの返答に私は深いため息をつかざるを得なかった。
約10分前、私はとても深刻に悩んでいる様子のななしに、相談したいことがあるから一緒に図書室に来てほしい、と頼まれた。
彼女の眉間にはしわが寄っていて、心なしか顔色もよくない。よほど深刻な悩みであろうと判断した私は、仕方なくななしと共に図書室へ向かった。
好都合なことに、図書室には私たちのほかに人は見当たらなかった。向かい合わせに腰を掛けると、「で」と切り出す。
「急に何?相談って」
「え、えっと..それは...」
私の問いかけに何故かもじもじし始めたななしに少しイラッとする。そんな私の雰囲気を察したのか、ななしは背筋を正してから深呼吸をした。
そして彼女は机に手を勢いよく叩きつけると「あのね!」と顔を真っ赤にさせた。
「じ、実は、私コニーのことが好きなんだよね」
「は?」
ほぼ反射的に出てきたその返事は自分でもびっくりするぐらいマヌケな声だった。
いったん目をつぶってから思考をリセットしてから、冒頭のやり取りに至るわけである。
ため息をついた後にジト目でななしを見つめる。
「それを私に言うためにわざわざ呼び出したわけ?」
「まあそういうことになっちゃうんだけど...」
申し訳なさそうに笑ったななしにまた一つため息をこぼしたくなってしまう。
こいつ、まじでそんなことのために相談したいなんて言ったの?しかも、どう考えたって相手を間違えている。こういうのはクリスタあたりが適任なんじゃないの?
「...私も暇じゃないんだけど」
「そ、そこを何とか!アニにしか相談できなくてさ!」
「...なんで」
「えっと、アニなら信用できるかなって..。あ、もちろんほかの人を信用してないってわけじゃないんだよ!でもやっぱり何だかんだでアニはちゃんと相談に乗ってくれるから」
「何、おだてる作戦?」
「もう、そんなんじゃないよ!本気で言ってるんだからね!」
膨れっ面をしたななしにほんの少しだけ口角を上げてから、「今回だけだから」と言う。
おだてる作戦、と茶化したもののあそこまで私を信用して頼み込んでくれるななしに悪い気はしなかった。
「ありがとうアニ!アニはやっぱり頼りになるね!」
顔を輝かせたななしは私の手を握ってきた。
結果的におだてられて相談を請け負ったはいいものの、恋愛相談なんて専門外の私はどうアドバイスしたらいいのかなんてまったく見えてこない。
しかもその相手がコニーという厄介な奴である。物好きな奴もいたもんだ。
「そもそも、あんたなんでコニーなんか好きになったわけ?」
「えっと...なんか喋ってるうちに、気づいたらかっこいいな〜とか思ってきちゃって。あとは良く食べるところとか、意外と気が利くところとかも好きなんだ!」
「...あっそ」
えへへ、と照れながら語ったななしに砂糖さえ吐きそうな気分になった。聞いたことを全力で後悔した。
まさに恋は盲目ってやつだな...と思いながら、気分転換のために図書室をぐるりと見渡す。
すると一冊の本が目に入った。『簡単!10分で出来るお手軽お菓子』というタイトルの、図書室の雰囲気には合わない本である。
その図書室に似つかわしくない本を眺めているうちに、私はあることを思い出した。
そういえば、「バレンタインデー」という好きな人にチョコをあげるイベントがある、ということを何かの本で読んだ気がする。しかも確か、私の記憶に間違いがなければそのイベントは今ぐらいの時期だったはずだ。
私は立ち上がるとさっきの本の周辺を一通り見まわした。そして私の予想通りそこには、バレンタインのお菓子に関する本がいくつか置いてあった。
その中の一冊をとって、これを読め、と言わんばかりにななしに差し出す。彼女は不思議そうな顔をしてぱちぱちと本を見つめていた。
「アニ、これなに?」
「いいから読んでみな」
私が本を軽くつついて促すと、ななしは「わ、わかった!」と言って本を開く。
おそらく一ページ目に書いてあるのであろうバレンタインというイベントの説明について熟読しているななしの姿はなんだかとても健気だ。
そしてしばらくしてから急に本を閉じたかと思うと、ななしは椅子から立ち上がって私に抱き着いてきた。
「っ!」
「アニ!!本当にありがとう!このバレンタインっていうの、ちょうど明日みたいだし、私頑張ってみるよ」
「...痛いんだけど」
「あっ!ご、ごめんね!」
そう言って彼女は私を解放してくれたのだけど、その顔は本当に緩みっぱなしだった。
私は正直、いろいろ相談なんかしなくたってその笑顔を見せれば一発でコニーなんか落とせるんじゃないかと思ったけど、彼女はやる気になっていたので黙っておくことにした。
その日の夜に、自分で作ったのであろう割と巨大なチョコケーキを箱に詰めているななしを生暖かく見守る。
「明日、頑張るね!」と気合を入れていたななしに適当に返事をすると私はすぐ眠りに落ちた。
だからこそ、次の日、廊下で泣いているななしを見つけたときは心底驚いたのだ。
彼女は私の姿を見とめると、無言でこちらに駆け寄ってきて「アニぃ...」とか弱く私の名前を呼んだ。
何があったのかは全く分からないし、再び涙をこぼし始めたななしを問い詰めることもできない。絶対に悪い結果にはならないと思っていたのだが、私の見当違いだったのだろうか。
理由がなんにせよとりあえず私は、弱々しく泣きじゃくるななしのことをほっとくことも出来ずに抱きしめるしかなかったのである。