差し伸べられたチョコを掴む



俺は目の前に積まれているチョコにため息をついた。
バレンタインデーという日にチョコをもらえる、というのは喜ばしいことなのだが...。

そんな俺の様子を察したのか、マルコが「ジャンの本命からはまだもらえてないからねー」とからかってきた。
まったくをもって図星を刺された俺はカリカリとわざとらしく勉強を再開する。
しかし内容なんかは全く頭に入ってこずに、想い浮かべるのは本命…もといななしの姿ばかりだった。



以前、立体起動の訓練で苦戦していたななしに話しかけたことがある。
思わず皮肉めいた言葉をかけてしまったが、ありがとう、とはにかみながら感謝する彼女に何故だか胸が熱くなった。
それ以来食事時や訓練時に、ふとななしの方を見てしまうことが多くなっていたのだが、俺の視線に反比例するように彼女は俺を避けているような気がしてならなかった。

若干ショックを受け、座学の時間も上の空になっていた俺を心配したマルコに「ジャン大丈夫?」と声をかけられる。
俺は今までの経緯をマルコに打ち明けると、彼は少しニヤついた後に「それって、きっとななしのことが好きになってるんじゃない?」と言われた。
マルコの言葉を頭で繰り返して、「ななしのことが好き」という事実が自分の中に落ち着く。
あー、たしかにそうかもしれないわ。と何故だか冷静に受け止めた俺をマルコは微笑みながら眺めていた。


ノートに向かいつつ過去に浸っていると、いきなり頭に衝撃を感じた。

「ってぇ!?」

俺は思わず机に突っ伏し頭を抱えてうめき声をあげる。なにこれマジで痛い...
痛すぎてほんの少し涙までにじんできた。マルコに心配されているようだが、何を言っているのかあまりよく分からない。
そして俺はマルコに支えられて医務室へと向かった。




処置を受けてだいぶ落ち着いた俺に、マルコが一つのチョコを見せる。

「なんだそれ」

「ジャンの足元に落ちてたんだよね、これ」

「はぁ?じゃあそれが俺に投げられたものだったのか?」

「そうみたいだね」

俺は頭に血が上りかけたが、マルコの顔が若干ニヤついていることに気が付いた。

「おい、なにニヤついてんだ」

「別にニヤついてなんかないけどな」

そう言うマルコは先ほどよりニヤけ顔が深まった気がした。
俺にたんこぶができたっていうのに、笑顔を見せているとはどういうことなのだろう。俺は怒りよりもそちらの方が気になってきた。

「ねえジャン、これ僕が預かっておいていい?」

「あ?まあ、別にいいけどよ...」

多分、マルコのことだからいろいろ考えがあってのことなんだろう。まだ痛む頭ではあまり思考が働かないため、よく考えないままに俺は二つ返事で許可した。






それから二日後、その日の訓練がすべて終わってからマルコが俺に「ここで待ってて」と言ってどこかへ行ってしまった。
俺は不可解に思いながらもそばにあった木に寄りかかる。
夕日に目を細めながら、マルコが何のために俺を待たせているのか考えてみたがまったく分からなかった。

色々考えているうちに、マルコが女を一人、引きずるようにしてこちらにやってくるのが見える。
誰だ?と目を凝らしてよく見てみると、その必死で抵抗していた女はあろうことかななしであった。
マルコは俺のところまでたどり着くと、俺とななしを見てから「じゃあ、あとは二人で!」と言ってどこかへ行ってしまった。

残された俺とななしの間にはなんとも言えない気まずい雰囲気が流れる。
まず、俺は今の状況が理解できていなかった。何故、マルコがななしを連れてきたのか。
下をうつむかせていた顔を上げてななしを見やると、なにか包みを持っていることに気が付く。
あれ、この包みって確か...そう考えているとななしが沈黙を破っていきなり頭を下げた。

「ご、ごめんなさい!実は、お、おとといの闇討ちの犯人はほかでもない私でさ!本当にごめん!」

「...は?」

急にすごく謝られて俺は唖然とする。そもそも闇討ちってなんだ?
一瞬でいろいろ考えたが、おとといの出来事で謝られることがあると言えばあのチョコ投げられ事件しかない。
まさか、あの犯人はななしだったのか...?そうだとしたらなんであんな渡し方を...

「えっとー、頭とか大丈夫?怪我してない?」

「あ、いやまあ...たんこぶはできたけどそんな大した傷じゃねえし」

「そ、そう!それは良かった...。本当にごめん。 .....やっぱり怒ってる、よね?」

申し訳なさそうにうかがってくるななしに、怒りなんていう感情はどこかへ飛んで行ってしまう。

「いや、別に怒ったりしてねえよ」

「...本当?」

「ああ」

ななしは「ふぅー」と胸をなでおろしてから、良かった、と心底安心したような顔を見せる。
状況を理解し始めた俺はななしが俺にチョコを渡してくれたという事実にひそかに舞い上がっていた。
しかし、やはり渡し方については疑問が残るばかりだ。
確かあの包みには名前すら書いてなかった。下手したら俺がななしからチョコをもらえた、ということに気付かなかったかもしれない。

「それにしてもお前、なんで投げつけるような真似したんだよ」

「あー...それはさ、その、ジャンはミカサが好きじゃん?だからその他の人間に直接渡されても迷惑かなーって」

「は?」

「あ、あと私に玉砕する勇気がなかったっていうのも大きいんだよね!あははは...」

俺の頭の中はハテナだらけだった。俺がミカサを好き?ななしが玉砕する?まったく意味が分からない。

「いやいや、なんで俺がミカサを好きってことになってんだよ」

「...え?違うの?だって、ミカサのこと見てたじゃん」

「あぁ?」

ななしの話によると、四か月ほど前俺がミカサに対して熱い視線を投げかけていたらしい。
そんな覚えはまったくないのだが、四か月前は確か一瞬ななしに見つめられて目をそらしてしまったことがある。
ななしを見つめていたまま視線を逸らしたのだから、その熱い視線のままちょうどそこにいたミカサを見てしまっていたのかもしれない。
そんな出来事ですら覚えている自分にすこし呆れてしまったが、もしかして、と口を開いた。

「いや多分それは...その、ななしに見つめられて、目をそらしただけだ。そしてその目線の先にちょうどミカサがいた...んだと思う」

「え?本気で言ってるの?」

ななしは信じられないといった顔で俺を見ていた。どうやら彼女の勘違いはとても根深いものらしい。
そういえば、四か月前はちょうど俺が避けられ始めた時期だ。もしかしてそれも勘違いのせいだったのか。
どうしたら誤解が解けるかを考えた結果、俺は自分の気持ちを正直に述べることにした。

「...俺は、お前がずっと好きだったから、は、恥ずかしかったんだよ!そのチョコだってお前からだってわかってすげえ嬉しかったし...」

自分が耳まで真っ赤になるのが分かった。しかし真っ赤になっているのは俺だけではなく、ななしものようだ。
彼女は顔を手で覆って「も、もういいから!」と片手をパーにして前に突き出してきた。

「あーもう!ほんとに...色々恥ずかしい」

色々と恥ずかしいのはこっちだ、と言い返したくなったが顔を赤くしてうつむいている彼女に何も言えなくなる。しかし、とりあえず誤解が解けたようで心底ほっとした。
そしてななしは持っていた包みを持ち直したかと思うと、それを俺に差し出してきた。

「もう分かりきってると思うけど...私もジャンのことが、ずっと..好きでした!これ、改めて受け取ってもらえると嬉しいんだけど...」

はにかみながら俺を好きだと言ったななしに、俺は今までで一番心を揺さぶられた。
俺は迷うことなくそのチョコを受け取ると「ありがとうな」と笑顔を浮かべる。そして勇気を出してそのままななしを引き寄せてそっと抱きしめた。
彼女は一瞬硬直したが、その後ぎこちないながらも俺を抱きしめ返す。

「...ホワイトデー、ちゃ、ちゃんと返すからな」

「た、楽しみにしてるよ」

夕日が差す中で、お互いに緊張したまま抱きしめあう。
ななしっていい香りがするな...という邪念を振り払って、おそらくこれを取り計らってくれたのであろうマルコに心の中で感謝する。

俺は二日遅れでバレンタインという日にあやかれたことを感じて、ななしがくれたチョコをより一層強く握りしめた。


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