勇気がないから仕方がない



今日はなんだか、友達...というか、女子全員がいつも以上に高い声で騒いでいる気がする。
...まあそれも無理はないのかもしれない。今日はなんか、女子が好きな男子にチョコを渡す...「ばれんたいんでー」という日らしい。
そんな行事、訓練兵になるまでまるで知らなかった私は、それこそ最初はわくわくしていたものの今では完全に冷め切っていた。

「ななし!ななしも作りましょうよ!ちょこれいと!」

「いや、私はそういうの興味ないから...」

鼻息を荒くしたサシャに誘われたが、軽く断る。
...実際には興味がないというか、気持ちが冷めきってしまうぐらいに諦めた、と言った方が正しいのかもしれない。


以前、私が立体起動の訓練で四苦八苦していたときだった。
どんくさいな、と言葉は悪いながらも、あまり面識がなかった私に対して丁寧に教えてくれた馬面―もといジャン。そんな彼に惚れてしまうのに大して時間はかからなかった。

そんな時、私は友達から「ばれんたいんでー」という行事があることを聞く。舞い上がっていた私は、さっそくその日にチョコを渡そうと楽しみにしていた。
しかし、それから若干ワクワクした気持ちでジャンを目で追うようになって、すぐにある悲しい事実に気づく。彼の目線は、だれがどう見てもミカサにばかり向けられていたのだ。それはもう分かりやすすぎるくらいに。
そこで早くも私の恋は敗れ去った。どう考えたって私なんかが、超鉄人系首席美女になんて敵うわけがない。


そこまで一気に考えて、どうも言いようがない悲しみに陥った私は顔をうつむかせた。

「じゃ、じゃああとりあえずチョコだけ作って全部私に下さいよ!ね!?」

上からサシャの能天気な声が降ってきたためじろりと睨むと、彼女は一瞬怯んだ様子だったが、一つでも多くチョコが食べたいらしい。引き下がる様子はないようだ。
多分断り続けても終わりの見えない会話が続くと悟った私は、ため息を一つつくとしぶしぶ彼女の頼みを引き受けた。

「仕方ないな...分かったよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!じゃあさっそく食堂に行きましょう!」

今なら空いているはずですから!と言った彼女に腕をつかまれたかと思うと、すごい力で食堂まで引きずられていく。
痛い!ガチで痛いよ?!という私の悲痛な叫び声は、まったくサシャの耳に入っていない様子だった。





「つ、作りすぎたよね...」

「そうですか?」

推定30個以上はあるだろうチョコの山を見てつぶやいた私を横目に、サシャはそれをパクパクと食べていく。決して小さい訳ではないチョコがすごいスピードで減っていく目の前の光景に目を疑った。
私は苦笑いを浮かべると、さすがに疲れていたため勢いよく机に突っ伏す。サシャはお構いなく食べ続けているけど。

そうしてしばらくしてから「ごちそうさまでした!!」という大きな声が聞こえた。

「本当に美味しかったです!ななし、ありがとうございました!」

「そう、サシャの活力のもとになったなら私も作った甲斐があったよ」

彼女の満面の笑みにまた苦笑いを浮かべながらも少なからず満足感を感じていると、机の上に一つだけチョコが残されていることに気付く。

「あれ?なんで一個だけ残ってるの?」

「もう!それは、ななしの本命チョコ用に決まってるじゃないですか!」

…は?こいつ何言ってんの?
訳が分からなすぎて私は言葉を失った。そんな私にサシャは得意げに続ける。

「本当はななしも本命、作りたかったんですよね?!でもほら、素直になれない性格だから言い出せなかったんですよね!知ってますよ!だからこれ、渡したらどうですか」

なんていらない気遣いと勘違いを...。善意のつもりなのだろうが完全に傷をえぐっている。
そう思いつつも、自分で作ったチョコを手に取ると「...そうしてみる」という言葉がするりと出てきてしまった。
ジャンに渡すつもりなんて毛頭なかったのだが、なぜか肯定の返事をしてしまった私にサシャは包み紙を手渡す。変なところで用意周到だな。

「じゃあ私はこれで!ななし、頑張ってくださいね」

「う、うん ありがとう...」

そう言って私は手に持っていたチョコと包み紙をしばらくみつめていた。





とりあえず包んだ...いや、包んでしまったが、正直面と向かってジャンに渡す勇気はこれっぽちも持ち合わせていなかった。
どーすっかなー...と思案しながらブラブラ歩いていると、そういえば彼はよくマルコと図書室で勉強をしていたな、ということを思い出す。
私は歩いていた足を止め方向転換をすると、図書室に向けて進み始めた。

そして図書室についてから、まあそんな都合よくいるわけないよね!と能天気なことを考えつつ中をのぞくと、いた。間違いなく、私が思い出した通りにマルコと勉強している彼が、いた。
思わず声を出してしまいそうになってしまって口を押える。神様こんちくしょう!何この展開、小説かよ...!

....しかしいざ彼の姿を目の前にしてしまうと、やはり無理だ、という感情が私を強く支配する。
が、ここまで、こんな素晴らしい状況をサシャと神様が作り出してくれたのにもかかわらず、何もせずに逃げ出すというのは悔しいぞ…!と、何に対してかもよく分からない対抗心を燃やしてしまった。

そこで図書室の入り口付近で考えに考えた私は、ある作戦を思いついく。

そうだ、遠くからばれないように投げつければいいんだ!

我ながらすごく名案だと思う。これなら直接渡さずに済むし、渡した主が誰だかも気づかれない。ていうかミカサ以外に直接渡されたって困るだけだと思うし。要はチョコさえ彼の手に渡ればそれでいいのだから。

一気に気分が高揚してきた私は、忍び足で図書室に足を踏み入れると、本棚の陰に隠れる。よし、気づかれていない。
しゃがみながらだんだん彼らの近くに移動していって、一番近くまで来たところで丁寧に包んだチョコを構える。
「ふー…」とバレないように深呼吸を一つしてから、ジャンの頭めがけて思いっきりチョコを投げつけた。色々な感情届け!!と念を込めながら。

「ってぇ!?」

「ゴンッ」と想像以上に鈍い音を響かせたチョコが地面に落ちる。それと同時に悲鳴を上げたジャンも頭を押さえて机に突っ伏した。

…やばい、これは完全に力をこめすぎた。ジャン、すまぬ!私が想像してたのは「コツっ☆」くらいのかわいいものだったんだけど...!
思わぬ状況に唖然としていた私は、マルコの「ジャン大丈夫!?」という声で我に返った。
ここにいたらばれる...!そう確信して立ち上がると、全速力でダッシュした。図書室を出る途中、本棚にぶつかってしまったがそんなこと気にしている場合ではない。とにかく走った。

遠くまで駆けてきた私は、息を整えると、一人で小さくガッツポーズをする。

「よっしゃ…!!」

力を入れすぎて、図らずとも闇討ちのような形になってしまったが、渡す(投げつける)ことができた...!
私はそれだけで本当に満足だった。チョコを食べてくれるだけ...いや、見てくれるだけでもいい。そんな小さなことで満足してしまうんなんて、私は自分の想像以上にジャンに惚れていたようだ。
そのことに気付けただけでも、この「ばれんたいんでー」は有意義なものだったと思う。後でサシャにちゃんとお礼を言わないとな。

清々しい気持ちになった私は、一つ伸びをしてからルンルン気分で部屋へと戻っていった。




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14 03/17


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