反比例コーヒー



私はただただ無心に、手に持った雑巾で窓の同じところを何回も磨いていた。
一瞬でも手を止めると、途端に潔癖男もとい上司である兵長の厳しい蛇睨みが襲ってくるからである。

...私は巨人をこの世から一体でも多く減らすためにこの調査兵団に入団したはずだった。
でもここ最近は、自主訓練の時間をこうして兵長の部屋の掃除にあてる羽目になってしまっている。どう考えてもおかしい。

「おい...ため息なんてついて余裕だな」

「えっ!?」

どうやら自分でも気づかないうちにため息をついてしまっていたらしい。ま、まずい。

「い、いやー!ため息なんて全くついていないと思うんですが!ただただ窓をきれいにしようと息を吹きかけてただけですよー!」

ふーふー!と必要以上に窓をこすりながら必死に取り繕う。
ちらりと後ろの兵長をうかがうと、まだ疑念の眼をしていた。腕組みをしながらこちらを見ている。
...そもそもガサツな私に掃除を頼むのが間違いだと思う。が、その言葉は心の奥底に封印した。

「おい、その窓はもういいから床の掃除をしろ」

「.....もう大分暗くなってきてるんですけど」

「何か言ったか」

「いえー!まったく!」

おいまじかよ。職権乱用にもほどがある。
時刻は既に9時を回ろうとしていた。夕食後すぐに掃除に駆り出された私は、かれこれ約2時間は雑巾やほうきと睨めっこをしている。
とりあえずしぶしぶ雑巾を一度洗いなおしてから、床を拭き始めた。
そして床を拭いていて...いや、掃除を始めた当初から思っていたのだが、もともと兵長の部屋は彼の潔癖が高じてだいぶきれいである。それなのに何故私が掃除をしなければならないのか。
私の頭の中には「私に対する嫌がらせ」という回答しか残っていなかった。

「おいななし、手が止まっているが」

「え、あ!すみません!」

そう返事はしたものの、やはり嫌がらせが理由となると掃除なんてとてもする気にはなれない。
このままでは結局モヤモヤしたままなので、私はいっそ聞いてみることにした。

「...あのー兵長!私何か兵長の機嫌を損ねるようなことしましたか...?」

「...あ?」

「いや、だって、もともとこんなきれいな部屋の掃除なんて必要ないこと言いつけるとか、嫌がらせに他ならなくないですかね...」

だんだん小さくなってしまう声に、我ながら呆れてしまった。
兵長はいつも以上に眉間にしわを寄せながらこちらを見下ろしている。うわやばいめっちゃこわい。

「...テメェは、俺がそんなことに時間を使う奴だと思ってんのか」

え、そう思ったから聞いたんですけど...。
私は顔を下にうつむかせる。

「...違うんですか」

若干すねた感じになってしまった自分の返答に焦り、兵長の逆鱗に触れていないことを祈りながら顔を上げた。
すると、私の目の前でまったく予想外の事態が起こっていた。至近距離に兵長の顔があったのである。
その視界いっぱいに広がる兵長に思わず「え?」と驚きの声を漏らしてしまった。

「へ、兵長!?」

「ななし、確かにお前の言うとおりこの部屋の掃除は必要ねぇ、そんなん口実だ」

「は?」

その瞬間、私の視界はぐるりと回って、なぜか兵長と天井を見上げていた。
しばらくして、兵長に割と強い力で押し倒されたことに気付く。が、抵抗するまもなく兵長の言葉によって体が硬直してしまった。

「...俺はテメェと一緒にいたかっただけだ」

「.......えっ!え?!」

顔の温度がどんどん上昇していく。とりあえずいろいろ恥ずかしかったので顔を横に向けると、兵長に顔をつかまれた。

「横向くんじゃねえよ」

そして、さも当然の様に触れ合う唇と唇。
いや、触れ合うなんて生易しいものではなく、兵長はまるで獣のように私に噛み付いた。

「んっ...!?」

私は驚きのあまり、ただただ兵長のされるがままになるしかなかった。
しかしだんだんと息が苦しくなってきて、思わず手でバンバンと腕をたたくと、兵長はようやくキスを止めてくれた。

「ぷはっ へ、へいちょ...!」

ドキドキと、心臓が一向に落ち着かない。
手を床につくと、私は上体を起こしておそらく真っ赤であろう顔を兵長に向けた。

「ち、血迷ったんですか!?私と一緒にいたいなんて」

「俺は至って正常だが」

「そそそ、それはもっと問題です...!」

一人で勝手にテンパる私と冷静に返答してくる兵長。あれこの立場おかしくない?
混乱を起こしている私をよそに、兵長は私の肩をつかんで「で」と切り出す。

「お前はどうなんだ?俺と一緒にいるのは」

「そっそれは...その、よくわかりません...」

私はついさっきまで嫌われていると思い込んでいたものだから、そんなこと考えたこともなかった。
...しかし今、こうやって(要約すると)私が好きだ、と言ってもらえたことと、先ほどの突然のキスに対しては嫌だ、とかそういう気持ちは全く湧いてこない。
もしかして、私実は...と自己解析していると、「おい」と呼びかけられた。

「まあテメェがどう思っていようが...掃除は毎晩やってもらうからな」

「んへ?!」

思わず変な叫び声をあげてしまった。
いやいや、それはあまりにも心臓に悪いというか、こんなこと言われた後で今日みたいに掃除ができるかと言われたらそれはとても無理な話である。

「ま、まじですか...」

兵長はその問いに答えることはなく、後ろを振り返ると自分の椅子に腰かけた。

「明日も夕食後、俺に部屋に来い」

それだけ言うと、冷めきったであろうコーヒーを片手に書類処理に戻る。
私はなんとか立ち上がって「し、失礼しました...」とつぶやきながら兵長の部屋を出た。

..............よし。とりあえず明日のことは明日考えよう!そうしよう!と自らを鼓舞しつつ、私は後ろ手で部屋のドアを閉めて考えることを放棄した。



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14 03/15


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