純粋に生きてる
「はぁ・・・」
私は今日何度目になるかわからないため息をついた。
この厳しい訓練の日々の中で数少ない楽しみのひとつである食事の時間でさえ気分はさえなかった。
そんな私を、ついさっきまで一心不乱にパンにかぶりついていたサシャは手を止めて不思議そうに見つめる。
「ななし・・・さっきからため息ついてばっかりですけど何かあったんですか?」
「え、いや特に何かあるってわけじゃないんだ、なんか食事の邪魔しちゃってごめん」
そういって食欲がないため残していたパンのかけらをサシャに差し出す。
サシャは自然にそのパンを私の手から取り、滑らかな動きで彼女の口へと運んだ。…もうここまでくると惚れ惚れしてしまう。
そして口に含んでいたパンを飲み込んだサシャは私のほうを力強く見てこう言った。
「いやでも最近のななしは食欲がないじゃないですか!パンのおこぼれがもらえるのはうれしいんですけど、ここまで来ると心配になりますよ!」
正直心配されているとは思っていなかったため私はびっくりしてしまった。失礼な話だけど。
「あはは、ありがとう。うん、これ以上心配かけるわけにもいかないから私もしっかり食べないと!」
私はわざとらしく「食べないと!」を強調してスプーンを手に取りほとんど口をつけていなかったスープをすくった。
心なしかサシャは若干しょんぼりしているようにも見える。やはり私のパンとスープが惜しいのだろうか、そんな素直な彼女を見ていると思わず顔がほころんでしまう。
そうして一人でにやにやしていると、サシャが突然顔をあげて私のほうを見た。
「・・・ななし・・・もしかして恋ですか・・・?」
「えっ」
「やっぱりそうなんですね?!」
サシャの口から飛び出した言葉を全く予測していなかった私は、カランッという音を立ててスプーンを落とすという明らかな動揺っぷりを披露してしまった。
恋という単語と、スプーンを落とした音にサシャの隣でパンをほおばっていたコニーもこちらを向いた気がする。
・・・そう、ずばりそうなのだ。サシャの言った通り私はある人物にひそかに思いを寄せている。
そしてふとそちらのほうをちらっと見る。彼はいつものように親友のマルコと何か楽しそうに話していた。
「そしてやっぱりジャンなんですね・・・」
「はっ?」
先ほどに続きズバリ言い当てられてしまった私は思わず声が裏返った。おいサシャにばれてるなんてウソだろ・・・
一応いままで誰にも言わずひた隠しにしてきたつもりだった。はずなのに。
「ななしは割と分かりやすいですからね〜!さっきだってほら、ちらちら見てたじゃないですか!」
「みっ、見てない!はず!」
「はずって・・・野生で鍛えた観察眼を舐めないで下さいよ!もうごまかせませんからね!」
私は言葉に詰まってしまった。そして次になんて言い訳をしようか考えていると、突然大きい声が響いた。
「えぇー!!?ななしってジャンが好きだったのか!!!?」
・・・・・・・一瞬で頭が真っ白になる。
数秒遅れて声の主を見ると、今まで黙って聞いていたコニーだということが分かった。
サシャはコニーに、何言ってるんですか!なんて言って頭をたたいてごまかそうとしてくれてるけどもう遅いということは身に染みて感じた。
コニーの馬鹿でかい声がみんなに聞こえていなかったはずもなく、さっきから食堂の視線という視線が私を殺す勢いで突き刺さっていた。振り向けないがたぶんジャンもこちらを見ているだろう。
いっそ殺してくれ・・・・と私は膝から崩れ落ちる直前だったが何とか気を取り直し、コニーをぶん殴りたい気持ちを必死で抑えつつ全速力で逃げた。
そのままの勢いで外に飛び出した私は、木に寄りかかり、はぁ・・・と息を吐き出す。
吐き出したままにずるずると地面へ座り込むと必然的に空を見上げる格好になった。
あぁ、夜空がきれいだなー!なんて現実逃避してみるけどうまくいくわけもなく、いたたまれない気持ちになって顔をうつむかせる。
・・・・・私は、エレンまでとはいかないがそれなりにジャンと言い合いをしたり、時には立体起動を教えてもらったりだとか仲良くやってきた。
だから自分がジャンを好きだということを自覚しても、この心地いい関係を崩したくなかったため周囲にも自分の気持ちがばれないようにしてきたはずだった。が、隠せていなかったようである。
もう明日から今までどおりには仲良くやっていけないんだな・・・と思うと若干、いやだいぶ悲しくなってきた。
あそこで逃げずにうまい言い訳をしておけばよかったなぁー・・・なんて後悔してももう遅い。
とりあえず、コニーはあとで何らかの制裁を加えることを心に決めたところで立ち上がってもう一度空を見上げた。
くよくよしてても仕方ないし、自分の部屋に戻って寝よう!と半ば自暴自棄になったその時、自分の名前を呼ぶ声がした。しかもその声は、聞き間違いでなければ、今もっとも会いたくない人物のものであった。
わたしは呆然としてその場に立ち尽くし、いや、まさかありえん。彼なわけがない。という無意味に近い思考をこらす。
しかしその予想と反して、やってきたのはやはり彼、ジャンだった。
「っ・・・はぁ・・・ここにいたのかよ」
相当走ってきてくれたのか、彼の息は乱れていた。
「あ、あはは!うん、ちょ、ちょっとっほ、ほ・・星が見たくてさ!」
・・・あぁ終わった。私は今まで生きてきて自分がこんなにごまかすのが下手だとは知らなかった。
「・・・・・」
気まずい沈黙。やっぱり前みたいに軽口は叩き合えないということを改めて実感した。
というか彼に気を遣わせてしまっているではないか。せめてそこだけは何とかしたい。
そこで私は勇気を振り絞って沈黙を破った。
「あ、あのさ!さっきのことだけど、あれはジャンが・・す、好きっていったんじゃなくて、あれだから!ほらえーっと・・そのジャ、・・・ジャングル!そう!ジャングルが好きって言っただけ!だから本当に気にしないでくれ!」
・・・我ながら苦しすぎる言い訳だと痛いほど感じた。なんだよジャングルが好きって・・・。絶対に誤魔化せていない自信しかない。
事実、ジャンにものすごい見つめられてしまっている。ただでさえ赤くなっているだろう顔がさらに赤くなってしまう。
視線に耐えきれなくなってちらと彼のほうを向くと、呆れ顔をしていると思っていた彼の顔は、驚いたことに赤くなっていた。
そのうえ一向に言葉を発さないジャンをさすがに不審に思って、私は小さく声をかけた。
「あー・・その、ジャン?意識ある?」
「お前が・・・」
「え?」
「お前が・・・ななしが好きなのは・・さっき食堂で話してたのはっ・・ジャングルのことなのか?」
私の変な言い訳のせいでジャンに変なことを言わせてしまった罪悪感がちくりと胸を刺した。ジャングルなんて言ってごめんなさい・・・
しかしそれ以上に、もうここまで来たらはっきり言ってしまおうという投げやりに近い感情が私を満たす。
私は腹をくくり、すぅっと深呼吸をした。
「・・・違う。ごめん嘘ついた。私がその、すす・・・好きって言ったのはーそのー・・・ジャン、あなたのこと、です!!!」
そう言い切ってしまって、ジャンの目が見開かれたと思った瞬間、私はなぜか彼の腕の中におさまっていた。
「!?」
もう動揺どころの話じゃない。少々強すぎるとも感じる彼の抱擁に私の息は驚きとうれしさで止まってしまった。
しばらくして腕の力が緩められると、ジャンが肩をつかみ、若干はにかんだ。
「そのー・・俺も、お前が好きだ、ななし。」
いつものあの憎たらしい顔はどこへやら、私はいつも以上にドキリとしてしまった。
「・・・よっしゃ」
私が思わず小さく喜びの声を上げると、ジャンによっしゃってなんだよ、とつっこまれる。
そんなやり取りがうれしくて、私はさっきの仕返しだとばかりに彼を抱きしめた。
「!?」
先ほどの自分と同じようにびっくりするジャンがおかしくて私は声を出して笑った。
「明日からもよろしくね!!」
ぎゅう、と抱きしめながらそういうと、ジャンは、はぁ?と声を上げた後
「・・当たり前だろ」
と言って抱きしめ返してくれた。
ついさっきまで明日への絶望でいっぱいだったのに、この数分で明日が楽しみなものになってしまった。
皮肉に見えた星空も、まるで祝福しているかのように見える。都合がいい話だけど。
厳しい訓練の日々で見つけた食事以上の楽しみをかみしめながら、私は今までにないほどの幸せに包まれていた。
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2014 2/15